翻刻
一同酉年秋作大分宜夫故諸穀下直ニなり左之通り
酉ノ冬
米壱表 代弐拾五匁五分位
粟同 〃拾三匁位
右之外是ニ順ス
一同年酉十月廿四日西本願寺法如様御|遷化(センゲ)被為遊
同十一月十七日御葬送御坐候との事ニ候
一同年酉十二月十九日晩上岩原村庄屋徳次方下人
欠落仕同廿二日萩原村ニて害死之次第左之通り
去ル七ヶ年以前同手永上千田村源蔵と申者夫婦共ニ
病死仕相残娘弐人生長之手立も無之故御惣庄屋
新権尾伊平殿ゟ右徳次方ヘ両人共ニ御預ケ被召置
尤姉は十三歳妹は五才ニ而徳次方ヘ引請生長仕
居候然処今年同村田代之市右衛門方ヘ娵ノ縁約
仕十二月廿五日ニ娵入日限相極り居候間何角と
徳次方ヘは仕立万事心遣仕居候処同十九日晩
同村左平忰下人勝右衛門と不義之筋有之候由
ニて庄屋見合両人共ニ家内ニ引込重畳打捌
いたし猶又踏たりけたり仕候間徳次母かけ付
引はなし娘を裏戸ゟ押出候へは其なりに両人
共ニ行方不相知候故方〻尋候へ共相知不申処
同廿一日晩山本郡蝶ノ浦村縁者之処二隠レ居候
を聞出し彼所にていろ〳〵申なため候へ共合点
不致候間漸〻萩原村伯父方ヘつれ参り尤
其節はかゆ原ゟも五六人参り居候而帰り候様二