翻刻
より廿日ばかりを過(すぎ)ても。猶(なほ)ゆり止(やま)すありければ。人〻まどひ恐(おそ)れけり。
諺(ことわざ)にいふ地震は始(はじ)め厳(きびし)く。大風(おほかぜ)は中(なか)ほどつよく。雷(らい)は末(すゑ)ほど甚(はなはだ)しとなん。
是をもて證(しよう)とすれば。始(はじ)めほどの大震(たいしん)はなき事と諭(さと)しぬれど。なほ
婦女子小児(ふぢよしせうに)のたぐひは。いかにとあんじ煩(わづ)ふから。舊記(きうき)を挙(あげ)てその理(ことわり)を。
四方(よも)に示(しめ)すとその頃(ころ)の碩儒(せきじゆ)。涛山(たうざん)先生が著(あらは)したる地震考(ぢしんかう)といふ書(ふみ)
にいへり。この説(せつ)を以(もつ)てみれば。始(はじ)め大震(たいしん)ありて二三日がほどは。昼夜(ちうや)に二
十|度(ど)も揺(ゆり)しといへるが。去年(こぞ)十月|江都(えど)の地震(ぢしん)は。その夜大小(よだいせう)十|度(ど)ば
かり。翌(よく)三日|昼夜(ちうや)に五|度(ど)。四日に四度五日八度。六日三度十日二度。十一日
二度十二日一度。十三十四の両日二度ツヽ。十五日もまた二度にて。十六日四度十七
日三度。十八日|夜(よる)一度。この時少(ときすこ)しく雷雨(らいう)あり。十九日二度廿日一度。廿一日二
度廿ニ日一度。廿四廿五の両日一度ツヽ。廿六日二度廿七日一度。廿八廿九両日一度ツヽ。
この月|総計(そうけい)八十|度(ど)のうち。昼(ひる)二十八|度夜(どよ)五十二|度(ど)その余(よ)は記(しる)すに遑(いとま)
あらず。夫(それ)より間遠(まどほ)くなるといへど。年(とし)を超(こえ)て四五月までも。折〻微動在(をり〳〵びどうあり)
けるは。将(まさ)にその波残(なごり)ならん。三才図会(さんさえづゑ)にもこの微動(びどう)。累月止(るゐげつやま)ずと記(しる)したり。
先年京都(せんねんきやうと)より或人(あるひと)の許(もと)に送(おく)り越したる書状(しよじやう)とて。其人(そのひと)の見せたりしは。
その前(さき)文化九年にや。十一月四日にて。江都(えど)に珍(めづ)らしき地震あり。然(しか)れ
ども家|崩(くづ)れず。所〻(しよ〳〵)の土蔵少(どざうすこ)しツヽ。璺(ひゞ)のいりたるまでなりしが。近来(ちかごろ)つよ
き地震ゆゑ。これを震りの目的として。縦(たとへ)ばこの地震を円経(ゑんけい)五分とし京(きやう)
都始(とはじ)めて震(ふる)ひしを。円経(ゑんけい)三寸ばかりに図(づ)す。因(よつ)て文化度(ぶんくわど)の地震より。六
倍(ばい)と知(し)らしたり。以下(いか)その目的(めあて)に慣(なら)ひてもて。或(ある)ひは円経(ゑんけい)一分二分。また七
八分のものもあり。日時(じつじ)をさへ委(くは)しく記(しる)して。その時(とき)その地に在(ある)がごとく。覚(おぼゆ)る
までの書状(しよじやう)なり。是をもて思ふに這回(このたび)の地震(ぢしん)。京都(きやうと)よりは度数(どすう)も寡(すくな)く。且(かつ)