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のみ
◯ 神明万民(しんめいばんみん)を憐(あはれ)み給ふの條(くだり)
その頃誰(ころたれ)いふとなく。専(もつは)ら風説(ふうぜつ)せしは。この大震(たいしん)にあふて渾身傷損(みうちしやうそん)
もなく。況(まい)て命(いのち)をも殞(おと)さゞる者(もの)は。みな神明(しんめい)の加護(かご)によれり。因(よつ)て其人の
袂(たもと)を見るに。白き毛長(けなが)一二寸なるものあり。これ伊勢 皇太神宮(くわうたいじんぐう)の
與(あた)へ給ふ所にして。この毛あるもの災害(さいがい)を免(まぬか)るといひあへり。いかにも当(その)
下著用(ときちやくよう)の衣類(いるゐ)の袂(たもと)より。白毛(しろけ)を見出すもの多(おほ)くありて。いよ〳〵このこと妄(まう)
ならずと。いひ継(つ)ぎ語(かた)りつぎて。世上(せじやう)これを知らざるものなし。然(しか)れども
億兆(おくてう)の人民盡(じんみんこと〴〵)く然(しか)るにあらず。これもまた不測(ふしぎ)なり。元来我(もとよりわが) 邦(くに)は
神国(しんこく)なり。貴賎(きせん)上 下(げ)の人たるもの神明(しんめい)の擁護(おうこ)によりて。栄(さか)えざるものなし
この毛も 皇太神宮(くわうだいじんぐう)より授(さづ)け給ふ。白馬(しろうま)の毛なりといふ。余(よ)が知己某(ちきなにがし)なる
老人(らうじん)は。深(ふか)く信(しん)ずることありて。このことを疑(うたが)はず。家内(かない)および近隣(きんりん)の。男女(なんによ)の袂(たもと)
を探(さぐ)らするに。多(おほ)くこの毛出(けいで)にけり。長(なが)さ凡(およ)そ一寸五六 分(ぶ)。白(しろ)くして艶(つや)あり
とぞ。夫神明(それしんめい)の御 計(はか)らひ。凡慮(ぼんりよ)をもて議(はか)るべからず。遥々(えう〳〵)たる神代(じんだい)より。
中古近世(ちうこきんせい)に及(およ)ぶまで。さま〴〵の奇(く)しきことあり。粗正史(ほヾせいし)にも載(のし)たれば。決(けつ)し
て疑(うたが)ひ誣(しゆ)べからず
按るに天保年中(てんほねんぢう)にや。伊勢御蔭参(いせおかげまゐ)りといふこと流行(はやり)。諸国(しよこく)の人民老(じんみんらう)
少をいばず。伊勢(いせ)の 宗廟(そうべう)に詣(まうづ)ること。幾千万(いくせんまん)といふを知(し)らず。因(よつ)て道(だう)
路豊饒(ろぶねう)の輩(ともがら)は。その疲労(ひらう)を扶(たすけ)んとて。或(ある)ひは馬箯(うまかご)を出(いだ)してこれを乗(の)
せ。餻菓(もちひくだもの)を出(いだ)して恣(ほしいまゝ)に食(くら)はす。草鞋(わらじ)を施(ほどこ)し酒飯(しゆはん)を施(ほどこ)す。この故(ゆゑ)に一(いつ)
銭の。盤頭(ろぎん)を貯(たくはへ)ずして出(いづ)る者(もの)も。行路聊(かうろいさゝか)の難(なん)あらず。数百里(すひやくり)の往返(わうへん)
に縡(こと)を闕(かゝ)ず。因(よつ)て少人女子(せうじんぢよし)といへども。欺(あざむ)き犯(おか)さるゝこと更(さら)になし。実(じつ)