翻刻
【右頁】
家屋心得(やうちのこゝろえ)
〇居室(すうち)は力所及精密(なるたけねんいれ)に拭掃(ふきはぎ)し戸障子(としようじ)を開(ひら)き新鮮(あたらし)き空氣(くうき)を適宜通融(ほどよくかよわ)すべし
〇室内(すうち)には常(つね)に少許(すこしばかり)の硫黄(いおう)を焼(た)きかほらすべし
〇厠(かわや)は日々/清浄(きれい)に拭掃(ふきさうじ)し糞壺(こゑつぼ)には時々/石炭酸(どくけしのこ)末か録譽(ろくはん)の末一握(こひとにぎり)斗りを撤布(まきりら)す
べし 〇雨日夜間(あめふるよなか)は空氣(くうき)を乾燥(かはか)さんために火鉢(ひばち)を供(その)ふこともあるへし
〇塵芥丘其他惡臭(はきだめそのほかあしきにほひ)の物は取除(とりの)くへし惡水溜(げすい)には時々/解毒粉(どくけしこ)を撤入(はきい)るへし
〇味噌漬物 䀋肴等惡臭(みそつけもの しほさかなあしきにほひ)の物を置所(おくところ)は成丈避(なるたけさく)へし
〇一室内(ひとつへや)に多人数聚會(たにんずあつはる)ことを忌(い)むへし 〇成事(なること)なら高燥清潔(たかひきれい)の地(ところ)を撰(ゑら)み移住(うつる)を
尤よしとす
感染(わづらひし)時の心得 [醫者(いしや)の來(くる)までの手當(てあて)]
〇虎列刺流行(ころりはやり)の際些(ときいさゝか)たりとも吐瀉(はきくだし)の氣を催(もよふ)さば醫者呼(いしやよひ)に人を走(はしら)せて「コレラ
藥」[後(のち)に記(しる)す]を二十/滴(しづく)或は三十滴を小盃一(こさかづき)ぱいの水に和(わ)し飲(の)みて床(とこ)に伏(ふ)し
【左頁】
十分時或は十五分時/毎(こと)に用ゆ但(たゝ)し吐(はき)又は下利止(くだしや)む時は服用(のむこと)を止(や)むへし假令吐(たとへはき)
瀉止(くだしやま)ずとも十回以上(じつぺんのうゑ)は進服(のむ)へからす手足少しく冷(ひへ)又は寒氣(さむけ)あらば脚湯(こしゆ)又は
全身浴(ゆいり)を行(おこな)ひて温覆發汗(あたゝはりあせ)すへし嘔吐劇(はきけはげし)くして藥(くすり)及び納(おさま)らざる時は氷片(こほり)
あらば頻(ちよび〳〵)に食(しよく)すへし嘔氣烈(はきけはげ)しく心下苦悶(むなさきくるしく)なる時は芥子粉(からしこ)三/握麥粉(つかみむぎこ)一握を
酸(す)にて硬(こわ)き糊(のり)ほどに捏(こ)ね六七寸四方の木綿(もめん)の切(きれ)に挺(のば)し心窩(むなさき)に貼(は)り少(すこ)し痛(いたみ)を覚(おぼ)
へ皮膚赤(はだあか)くなるまで貼置(はりおく)べし小児(こども)は三四寸の切に挺(ねべ)て右の如(ごと)くし其上に焼(しよふ)
酎(ちう)を温(あたゝ)め木綿切(もめんぎれ)に浸(ひた)し腹(はら)を温(あたゝ)むべし[小児(こども)のコロリ藥分量(くすりぶんりよう)は後(のち)に記す]
病人/見舞(ままゐ)の心得
〇親兄弟(おやきようだい)か親類(しんるゐ)がコレラ病に感染(とりつかれ)しと聞(き)き驚駭(おどろき)て駆付(かけつけ)るとも我身(わがみ)に少しにて
も汗出(あせいで)しときは決(けつ)して病人の寝所(ねどころ)に近(ちか)づくべからず汗(あせ)の乾(かわ)く時は必ず傳染(うつ)る
ものなり又/決(けつ)して空腹(すきはら)にて患者(びようにん)に近(ちか)づくべからず成(なる)べく丈(たけ)は病人に近附かぬ
が宜(よろ)しけれども若(も)し餘儀(よぎ)なき譯(わけ)にて病室(ねどころ)に入るならば身躰中(からだちう)をよく拭(ぬぐひ)ひ乾(かわ)か