翻刻
【右丁】
《割書:直定卒て家絶しかは直時|に三万石を給ひしと申也》其男丹後守直吉家を継《割書:はしめ|丹波守》
延宝四年十月廿五日四十歳にして卒す 男
左京亮直利つく
淡路守藤原直重は監物直政か二男 将軍家に
つかへて信濃国須坂の地を給ひ《割書:一万|石》大坂両度の軍に
先陣うつてはせむかひ首とつて献る《割書:二|ツ》其子淡路守
直升その子肥前守直朝其子長門守直勇《割書:代々の事|卒せし》
《割書:年月いまた|しらす》
式部少輔藤原直之は監物直政か三男也将軍家に
つかへて大坂の戦にみつから首取て献る《割書:此時に|三右衛門》左大臣家
【左丁】
の御時寛永のはしめ初て寺社奉行職をおかる直之
堀市正利重二人其職をつかさとる《割書:直之越後国村松の|地一万石を領す》
其男式部少輔直景父につきて御使番となされ
《割書:時に三右衛門と申す左大臣家の御時|にはかく万石を領せし御使番ありき》寛永八年九月町奉行
職に補せられ同き十五年御詰衆なされ寛文
八年八月廿五日致仕入道して宗三と号す《割書:此当代卒|せし年月》
《割書:いまた|しらす》その 男飛騨守直良家をつく