翻刻
【右】
んと欲する折、師の卒(みまかり)にあひて其/意思(おもい)を得はたさず、
遂に其草稿を空しく紙魚(しみ)の餌とはなりぬ、さるに
近頃人々の飲水に善悪あることを悟り来て、之を撰ぶ
ことに注意(こゝろ)せば、今ぞ余宿志をも遂げばやと、文匣(ふみばこ)より
彼草稿をとりまとめ見るに、元より己が身の覚へと
なさむまめのとせしゆへ、其説くところ醫語になず
み、或は西洋語の儘なるものあれば、自然と漢語の多
く混りて文章難く、且その頃説しことは今の目に見て
いと古く聞へ、うけ難きものも多し、されど大方の説
は用ひらるべきことあり、捨(すつ)べきにもあれねば是を元
【左】
として、古きは新しきにかへ、難きは易きになし、辺土(へんぴ)
寒郷(いなか)の童蒙(わらんべ)にも了解(わかり)やすからしめむとて鄙近(あさはか)の詞
をもて記き綴りぬ、すべてのことみな此國の詞にひき
直さむと思へど、さては中々に廻り遠く、かへつて煩(わづらは)
しければ、今の人の耳に馴れたる漢語は其まゝにし
て、音と訓(よみ)とを字傍に假名つけ置きたり
一書中字の左り傍(わき)に、経線(たつすじ)をひきたるものは病名と藥
名にして、二線(ふたすじ)は人の名なり、其線をひきたる所以(ゆへん)
は、それ等の語を書ぬき、末に之を解かんと欲せしも
のなれど、深く之を考ふれば、飲水についてはあまり