翻刻
いふところ十二町ほどくがなりこれへ三百石づみの大船吹あがる
そのほか五百石つみ二そう是また右在(ざい)かたへうちあげる其外
にら山御|陣屋(ぢんや)あじろいとうあたみまなづる外(そと)のかたはいろざき
ていし蛭(ひる)が小じま太田へんことごとく大そんじ大つなみなり
一説ニ言 又下田|湊(みなと)へ逗留(とうりう)の魯西亜船ことごとくいたみ
帆(ほ)ばしらをゆりたをし端船(はせん)は一艘ものこらず
くだけたりといふ
○箱根手まへは大いそ平つかふぢ沢戸つか程がやかな川
川さき宿在々迄かくべつのいたみなしかいがんすぢはほんもく
へんはつなみ少々金沢(かなさは)辺つみ浦賀(うらが)大津三さきへんはいつれも大
つなみにて大そんじまたかまくら江のしまへんも大つなみ
余ほどのそんじなり夫より江戸のかた六郷川大もりはねだ
はま川さめずへん品川(しなかわ)高輪(たかなわ)へん少々つゝのそんじあり扨大江戸
は小石川へんより丸のうち西御丸下辺外さくらだ辺御やしき方
久保町あたご下余ほどのいたみなり日本ばしすぢはかくべつの
ことなし本所ならびに深川へん諸々そんじるなみあらくうみ
なり大汐をうちあぐる其ほか下総てうし九十九里hえんは余(よ)
ほどのそんじ上総(かづさ)かいがん房州かいがんはつなみにてしょ
あれるその外山々在々に損亡かぞへあけるにいとまあらず
○附(うけ)て曰伊豆の国下田湊に滞留のおろしや船乗組三百人の
内四十人はつなみにて行衛しれす残卒いづれも怪我あり右に
依而(よつて)漂流人の御取あつかひになし下さるやう船将(せんしやう)よりねがひ