翻刻
湊(みなと)より順風(しゆんふう)に帆(ほ)をあげ大島(おほしま)に着岸(ちやくがん)し、この島人(しまひと)
防(ふせ)ぎ戦(たゝか)ひけるによりて鉄砲(てつはう)をうちかけ、防(ふせ)ぐもの
およそ千人(せんにん)ばかり、手向(てむか)ふ者(もの)どもは討取(うちと)り、首(くび)を獲(と)る
こと三百余級(さんひやくよきふ)、他(た)はみな降人(がうにん)にぞ出(いで)にける、四月朔日(しぐわつついたち)
沖(おき)の永良部(えらふ)と与論島(よろしま)を攻取(せめと)り、運天(うんてん)の湊(みなと)に乗(の)り
つけ、備(そなへ)をそろへ城(しろ)を攻(せ)めおとし、首里(しゆり)の王城(わうしやう)に取(とり)
かゝらんと、およそい一里(いちり)ほどこなたなる、那覇(なは)の湊(みなと)
におもむきけるに、湊(みなと)の口(くち)には逆茂木(さかもき)乱杭(らんくひ)すき間(ま)
なく、水中(すゐちう)には鉄(てつ)の鎖(くさり)を張(は)り、これに船(ふね)のかゝりなば、
上(うへ)より眼下(めのした)に見おろしながら、射(い)とらんとの手(て)だて
をかまへ、その余(よ)島々(しま〴〵)の要害(えうがい)いとおごそかにぞ待(まち)かけ
ける、これによりて他(た)の港(みなと)より攻入(せめい)りて、三日(みつか)が間(あひだ)攻(せめ)
たゝかひ、手負(ておひ)討死(うちじに)もなきにはあらねど、聊(いさゝか)ためらは
ず直(たゞち)に進(すゝ)みて、首里(しゆり)に攻入(せめい)り、王城(わうじやう)を取(と)り囲(かこ)みける
に、をりふく琉球(りうきう)の諸勢(しよぜい)、みな那覇(なは)の湊(みなと)なる城(しろ)にた
て籠(こも)りて、王城(わうじやう)は無勢(ぶぜい)にて、防(ふせ)ぎ戦(たゝか)ふべき兵士(へいし)もな
かりければ、薩州勢(さつしうぜい)の急(いそ)ぎもみにもんで、攻(せ)め破(やぶ)らん
とするいきほひに、中山王(ちうさんわう)及(およ)び三司官(さんしくわん)等(ら)、なか〳〵敵(てき)す