翻刻
まらす夫婦 歎(なけ)きのあまりに清(きよ)き唐櫃(からひつ)をこしらえ
かのむなしき姫宮を入申かたはらにをひて囲繞(いにやう)かつかう
し奉るふうふかある夜の夢に我に食をあたへよさら
はみつからが国にて所々へなかされし苦(く)を爰(ここ)にてまなふへ
し後にはなんじか為には恩を報(ほう)する事なるへしと御
夢想(むそう)を蒙(かうむ)り夜も明ぬれは急かしこへ行かの入物をひ
らきみれは有し姫宮の御かたちは水と消てほねしゝむら【肉叢、肉体】も
なくもとよりけからはしくにほひもなく小虫となりて
有けり太夫見奉てさては又生出給ひたるそとてよろ
こひける事かきりなしされは食物(しよくもつ)をまいらせんもご
くのたくひこれくはれす小むしの事なれは何を以て
かの虫をやしなふへき子細をしらす太夫つく〳〵と
あんしけれは此姫君は異(い)国の人にてましませはこさいを
しらす乍去(さりなから)姫君の御国にも桑(くわ)の木のあれはこそかの舟を
も作(つく)りつらん一には国の木なれは其ゆかりとくらはれもやせん
とてくはのはをとつてかのむし共の中へ入れければ此虫共
悦ひ桑の葉にとり付て食(くらう)也されは此木のはを参らせ
よふる里の木にてあれは恋しくおほしめさるそや
とて桑を参らせけれは次第に成長し給ふことにき
とく有此むしたち桑をも参らすうごきはたらき
もせずして皆々かしらを一様々あけてはな〳〵
としたる体也太夫も女房もこれは何とてかやうに有
やらんと云にその夜の夢につけていはくあひかまひ
てさはく事なかれわか国にて獅(し)子吼(く)山といふ山になか