翻刻
斧をすてかしこにたをれふしてやうやく有て此男の
いはくいかなる人そ汝(なんじ)たゝ人にあらす名を名乗給へもし
名乗給はすは御命をうしなひまいらせんと申せは姫
君答ての給はく我は化生の者にてもなし人間也旧中
国と云国王のむすめ也けい母のざん言によりうつほ舟に
作りこめられ此蒼 波(は)へうかめられわれ国を出しとき
父の大王の仰に仏法 流布(るふ)の国へゆけよと仰られし也
此国は仏法繫昌の国ならはとりあけて得させよわか
涯分報答(かいふんほうとう)をせんぞ又無法の国ならは急ころせと仰
られければさては人間の仁におはすやとて急まもり奉てわか
宿所(しゆくしよ)に帰りいつきかしつき奉る事かきりなし此権太夫
はもとより子もなきものなれはかさしの花たなこゝろの
玉のことくせし也此姫君に違例の心地おはしけり此とし
月海(うみ)の上にうきしつみしたまひ御身をいたましめ給ふ
身にて有けん風の心地いよ〳〵おもらせ給ふほとに太夫
夫婦は前後につきそひ奉りいかゝはせんと歎きけりかく
てひめみやの仰には我国にありし時けい母のわさにて山々
嶋々へなかしうしなはれつるにふしきの命たす
かりて是まてきたつて死(しす)事も前世のさたまれる事成
へし我若年の時しんくせし故に此やまひうけつるなり
みつからはかなくなりなはよく〳〵後の世をたのむなり
あらなごりをしの太夫夫婦あら恋しの父大王やと
これをさいごのことはにて北亡(ほくほう)の露(つゆ)ときえ給ふあるし
夫婦は夢にたからを得たる心地にて進退さらにきは