東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之18 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之18 - ページ 66

ページ: 66

翻刻

【挿し絵】 日本武尊(やまとたけのみこと)東夷(とうい)征伐(せいはつ)し たまふ時 相模国より上総(かみつふさの) 国(くに)に往(ゆか)んとし給ひし 其(その)海上(かいしやう)暴風(あからしまかせ)忽(たちまち)起(おこ)り 王船(みふね)漂蕩(たゝよふ)て危(あやう)かりし かは妾(みめ)弟橘媛(おとたちはなひめ)自(みつから)の御身(おんみ) をもて贖(あかなひ)尊(みこと) の命(いのち)をたすけ まいらせん事を 海神(わたつみ)に誓(ちか)ひ 竟(つい)に瀾(なみ)を披(わけ) て入たまひ ぬる事は 日本紀(にほんき)に  みえ   たり

現代語訳

【挿絵】 日本武尊が東国の蛮族征伐をされた時、相模国から上総国へ行こうとされた際、その海上で暴風が突然起こり、皇子の船が漂流して危険な状態となった。そこで妻の弟橘媛が自らの身を犠牲にして尊の命をお救いしようと海神に誓い、ついに波を分けて海中に身を投じられたことは、日本書紀に記されている。

英語訳

【Illustration】 When Prince Yamato Takeru was conducting his conquest of the eastern barbarians, as he was traveling from Sagami Province to Kazusa Province, a violent storm suddenly arose on the sea and the prince's ship was tossed about dangerously. At that time, his consort Oto-tachibana-hime vowed to the sea god that she would sacrifice her own life to save the prince's life, and finally parted the waves and threw herself into the sea. This event is recorded in the Nihon Shoki (Chronicles of Japan).