翻刻
れば一人|跡(あと)より腰(こし)を押(をさ)へ巌(いはほ)の上(うへ)を伝(つた)へ行(ゆ)く其(その)危(あやう)
き事(こと)謂(いは)ん方(かた)なし漸〻(ぜん〳〵)に彼處(かしこ)に到(いた)りて見(み)れば実(げ)に
も三|子(し)が千辛万苦(せんしんばんく)思(おも)ひやられぬ斯(かく)て幽谷(いうこく)の中(なか)な
がら所々(しょ〳〵)に石礎(いしづへ)の跡(あと)石垣(いしがき)やうの物(もの)残(のこ)れり実(げ)にや
太閤(たいかふ)の賎(いやし)きより出(いで)て天下(てんか)を戮(あは)せ給(たま)ひし程(ほど)の昔(むかし)の
威風(ゐふう)も浩(かく)る絶所(ぜつしょ)の地(ち)に来(きた)りても猶(なほ)思(おも)ひ出(いだ)されて
怖(をそ)ろし某等(それがしら)此所(このところ)に来(きた)りて悉(こと〴〵)く圖(づ)を模(も)し三子(さんし)が中(ちう)
興(こう)開発(かいほつ)の功(こう)を挙(あ)げ其(その)概略(がいりやく)を述(のべ)るのみ
右石風呂(みぎいしふろ)の大サ横巾(よこは〲)八九|尺(しやく)竪(たて)七|尺(しやく)許(ばか)り深(ふか)さ二
尺(しやく)五|寸(すん)形(かた)ち鶏卵(けいらん)の如(ごと)し
大蛇湯(をろちのゆ) 石風呂(いしふろ)ある向(むか)ひの岸巌(きしいわほ)の傍(そば)に遠望(えんぼう)長(なが)さ七
尺(しやく)巾(は〲)三|尺(じやく)許(ばか)りに自然石(じねんせき)を細長(ほそなが)く彫(ほり)しと見(み)えし中(なか)
より湯烟(ゆけむ)りの出(いづ)る處(ところ)あり之を大蛇湯(おろちのゆ)といふ又|大(をほ)
瀧(だき)の湯(ゆ)とも云(いへ)り至(いた)つて熱湯(ねつたう)にて百八十|度(ど)を起(こへ)【越の誤字か】り
とぞ昔(むかし)大蛇(だいじゃ)の入(い)りし湯(ゆ)といふ説(せつ)なれど覚束(おぼつか)なし
されど此處(このところ)は二|丈餘(じやうよ)谷底(たにそこ)にて屏風(びやうぶ)を立(たて)たるが如(ごと)
き絶壁(せつべき)の傍(かたへ)なれば人の至(いた)り難(がた)くて真偽(しんぎ)を極(きわ)め難(がた)
しといふ
常泉寺(じゆうせんじ) 禅宗(ぜんしう)なり底倉村(そこくらむら)一|郷(がう)の檀那寺(だんなでら)にて此寺(このてら)の
庭(には)より相海(さうかい)幽(かすか)に見(み)え宮(みや)の下(した)を眼下(がんか)に臨(のぞ)み至(いた)つて