翻刻
許多(あまた)の医療(いりやう)を加(くわ)へしかども其験(そのしるし)なく既(すで)に死(し)に至(いた)
らんとしける時(とき)一人の老僧(らうそう)来(きた)り是(これ)より西(にし)の方(かた)に
温泉(おんせん)の地(ち)あり之に浴(よく)せば病疾(やまひ)癒(いへ)なん我(われ)に随(したが)ひ来(きた)
るべしと宣(のたま)ふ善司(ぜんし)は感涙(かんるい)に咽(むせ)び掌(て)を合(あは)せ彼僧(かのそう)と
跡(あと)に附(つき)て行(ゆく)と思(おも)へば夢(ゆめ)の如(ごと)くにして小細(こぼそ)き山道(やまみち)
に至(いた)りぬ彼僧(かのそう)念誦(ねんじゅ)を称(とな)へ指(ゆび)をさす所(ところ)に随(したが)ひて温(おん)
泉(せん)湧出(わきいで)たり吉成(よしなり)餘(あま)りに尊(とふと)く覚(おぼ)えて御跡(おんあと)を三|度(たび)礼(れい)
拝(はい)して温泉(おんせん)に浴(よく)せしに初(はじ)めの七日に血騒(ちさわ)ぎたち
次(つぎ)の七日には血治(ちおさま)りて病(やまひ)全(まつた)く癒(いへ)ぬ是(これ)よりして木(き)
賀(が)の名(な)あり右(みぎ)善司(ぜんじ)温(おん)泉の始終(しじう)を一|軸(ぢく)の繪巻物(ゑまきもの)と
し当時(とうじ)湯宿(ゆやど)亀屋(かめや)の家(いへ)に所蔵(しよざう)せり其外(そのほか)同家(どうけ)の前山(まへやま)
に善司(ぜんじ)が邸宅(やしき)跡(あと)とて小高(こだか)き地(ち)あり此(こヽ)にまた善司(ぜんじ)
が池(いけ)といふもあり
湯用院(とうようゐん)薬師堂(やくしだう) 木賀(きが)の市中(まち)より左(ひだ)りの小高(こだか)き山(やま)に
ありしが近年(きんねん)宮城野(みやぎの)宝珠院(ほうしういん)へ移(うつ)せり
白鷺(しらさぎ)の瀧(たき) 前(まへ)の小山(こやま)より見渡(みわた)せば左(ひだ)りの山(やま)の中程(なかほど)
より白(しろ)く流(なが)るゝ瀧(たき)あり巾(はヾ)さして廣(ひろ)からざれど雅(が)
致(ち)ある瀧(たき)ゆゑ土人(どじん)は之(これ)を白鷺(しらさぎ)の瀧(たき)といふ底倉山(そこくらやま)
の方(かた)に当(あた)れり
見晴(みはらし)茶屋(ぢやや) 底倉(そこくら)より木賀(きが)へ上(のぼ)る中央(なかほど)にして此(この)茶亭(ちやてい)