翻刻
湖(こ)を隔(へだ)て伊豆駿河(いづするが)の山々(やま〳〵)遙(はるか)に連(つらな)れり此辺(このへん)山|深(ふか)く
して雲(くも)を出(いだ)し雨(あめ)を興(おこ)すの幽境なり
○箱根権現(はこねごんげん)略(りやく)縁記(えんき)
夫(それ)當山(とうさん)の初(はじ)めは聖占仙人(せいせんせんにん)幽居(いうきょ)の地(ち)にして神威(しんゐ)を
崇(あが)め寿齢(じゅれい)九百|餘歳(よさい)を保(たも)ちしとかや孝安帝(こうあんてい)の御宇(きょう)
に湖水(こすゐ)の中(うち)に目代木(けゝらぎ)を建(たて)て相豆駿(さうづすん)三|國(ごく)の境(さかひ)とし
欽明帝(きんめいてい)の御時(おんとき)には韓国(かんこく)の高根権現(たかねごんげん)を勧請(くわんじやう)し此山(このやま)
の形(かた)ち梵篋(ぼんきゆう)に似(に)たればとて箱根山(はこねやま)と号(なづ)け湖中(こちう)の
怪石(かいせき)を観音巌(くわんおんがん)といひ又一|宇(う)を建(た)て普門品(ふもんぼ)と誦(しよう)す
今(いま)湖(こ)中の堂(どう)が嶋(しま)是(これ)なり厥后(そののち)役(えん)の行者(きやうじや)も登山し行(きやう)
基大士(きだいし)も昇降(しようりん)して東福寺(とうふくじ)と号(がう)し山岳(さんがく)林泉(りんせん)に名境(めいきやう)
多(おほ)しとて都卒(とそつ)の内院(ないゐん)に表(さう)して四十九|所(しよ)の名(な)に譬(たと)
ふ天平勝宝(てんへいしやうほう)年中には満巻(まんくわん)上人(しやうにん)鹿島(かしま)明神(みやうじん)の神勅(しんちょく)を
蒙(かふむ)り錫(しやく)を止(とヾ)め當山(とうさん)に練行(れんぎやう)する事(こと)三ケ年此時|箱根(はこね)
三社(さんしゃ)権現(ごんげん)を崇(あが)めて上人を中祖(ちうそ)とす諸経(しょきやう)の読誦(どくしゅ)一
万|巻(くわん)に及(およ)びければ夫(それ)より以来(いらい)諸人(しょにん)万巻(まんぐわん)上人と呼(よ)
ぶ又|湖水(こすゐ)の西(にし)の渕(ふち)に九|頭(とう)の大蛇(だいじゃ)ありて時々(より〳〵)風波(ふうは)
を起(をこ)し人民(じんみん)を悩(なやま)す上人|彼(かの)深渕(しんえん)に臨(のぞ)んで神咒(しんじゅ)し給(たま)
へば毒龍(どくりう)水上に現(げん)ず即(すなは)ち鉄鎖(てつさ)の咒縛(じゅばく)し給(たま)へば大(たい)
樹(じゅ)の下(もと)に繋(つな)がれ当山(とうさん)の守護神(しゅごじん)とならん事(こと)を