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コレクション: SHOSHO「能登」

続汲古北徴録 - 翻刻

続汲古北徴録 - ページ 60

ページ: 60

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【右丁】 時はせにみたう御たて候へは観音様をはせへかへし可 【朱筆】「申」と被仰候て御かり被成候其後木の新保村の内ニ御観音 【朱筆】「御」座候又其後出羽殿まちに御座候其時も七村之内ニ観 音様御座候間彼御房切之相届候てかたく預ヶ申候然は   【朱筆】「慶長六」 此近年かのとのうしのとし河北郡之内うたつ山へ御観音様 御引被成候由七村之うち子共年反驚入慶長七年三月 【朱筆】「十一日ニ石」うら村之住人与三兵へ宗儀門以両使彼御坊へ相届 【朱筆】「申候」へは何時成るはせに御堂御たて候て無異儀御観音 様御かへし可申と其時はあんぜん坊被仰候旨其ふんニ任候て 預ヶ置申事 【左丁】         【朱筆】「按石浦郷の産土神山王社」 一慶長七年三月廿九日ニ石うら村之内三わうの御みやの□□ 【朱筆】「の時御せん」ぐとしてあんぜん坊石うら村へ御出候其時も御観 【朱筆】「音」様御かへし候へと申候へは右之ふんにて候と被仰候間預ヶ申事 【朱筆】「一」慶長九年之春御とひらきにて候間うち子共うたつ山へ 参當年廿七年ニ成申間御とひらきは御無用と相届     【朱筆】「今久保市法住坊」 候へは其時はほうじう坊石うら村へ御出候て御わひ事被成候はや はや【朱筆】「町々にも」御とひらきとふたをたて申間たとへ三十三年に 【朱筆】「なり」かゝらす共御とをひらかせてくれ候へと御わひ事被成候間 【朱筆】「ひ」らかせ申其時もうち子共参候て慥相候て預ヶ申然は 【朱筆】「此」近年は御観音様御座候在所は他郡といゝ他村といゝ七村 のうち子共はまほりほとけにはなれ此近年は在々所々に病人