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【右丁】
〇深川相川町吉川といへる足袋屋の妻行ゑ【ゆくへ(行方)の「へ」の子音の変化をそのままに仮名に書いたもの】知れさりしか十月下旬に
至り土中ゟ尸【しかばね】を掘出したり手足焼爛たり其余【餘】旬日【じゅんじつ=十日間(ほど)】を経て土中ゟ
尸を掘出したるは数多あり
△又余【餘】人の話にて聞り浅草田町の大路土中ゟ盲者壱人掘出して蘇(ソ)
生(セイ)す下旬の事なり又同町にて十一月中旬事也 門(カド)つけと唱へて街
に浄瑠璃を語りて銭を乞し男の死体【體】を掘出す五体離れ〳〵に
成り側に三味線のこわれたるもありしなり
熊井理左衛門殿話
〇深川清住町河岸に沽券地【江戸時代、永代売買の券状を授受することを公許された土地であるところから町屋敷のこと】の余【餘】りにて纔【わずか】計りの家作地ありこゝに
「エサ鉄と渾名(アダナ)せる男近き頃より鰻の蒲焼を售(アキナ)ひ肇(ハジメ)けるか《割書:此家大川|へ張出し》
【左丁】
《割書:て建|たり》家を川中へ揺り倒し臥たりし家族大方川中へ落入しかは溺死
しけん行方を知らす《割書:あるしの弟と下女はいかゝ|してか助りたるよし也》
佐柄木忠蔵殿話
〇洲崎茶亭の僕【しもべ】己か主家の潰るゝに驚き欠出し【「駆出し」とあるところ】か向の家へかけ入
彼家潰れて死す
市谷柳町続【續】 加藤岩十郎殿記録中
〇牛込岩戸町弐丁目続【續】宝泉禅寺に相州関本道了権現遥拝の詞
あり深川なる酒舗に仕ふる男《割書:番頭|の由》兼て当社を信仰なし月に怠らす
詣祈りし地震の時辛ふして主人の家を遁出し家潰て主人夫婦
其下に敷れたり彼男立帰りて助んとせしかとも梁の下に来り微力を以援