← 前のページ
ページ 104 / 134
次のページ →
翻刻
【右丁】
に小網町近くなりし頃陸の方頻に騒しく家鳴り震動し諸人の
噢ふ声を聞《割書:此時川中は浪も|立す静かなりし由》扨は地震にこそあるへけれとて驚なから
陸へ上りたる頃は家々も傾き土蔵の壁堕て諸方に火事起りしかは更
に恐怖を増し各家に戻りしかは此輩の家は皆無事にてありけれ
は各喜ひあへしか夜明て花街の変を聞くや戦慄し踊の師か帰洛
を催せし功をもて命なからへけるとあつくねきらひけるとか
島崎清左衛門殿話
〇桜田久保町なる花屋某か家潰れ其妻梁の下に成て死たりしを揺
止て後に尸【しかばね】を出したり二才の小児を懐【いだ】き片臂を地につき片臂を
強くはりて其うちに小児をかばひたり故に小児は恙なくてありける
【左丁】
かゝる急変にあひしかも子を厭(イト)ふ志の切なるいとあはれなる事なりし
西河岸町 千柄清右衛門殿話
〇葦の屋検校薬研堀続【續】の武士地に住す博覧宏才にして皇国【國】の
学によし哥をもよみ針術の高手にして当【まさに】道家のうちには人もゆ
るしたるひとなり《割書:しなどの風其余の|著書多しとぞ》二日の夜冨深町なる柳屋長
右衛門より《割書:能の装束を貸して|活業とせる冨商也》療治を乞うて轎【かご】をもたらして迎へしか
は則行て長右衛門か息子の妻か療治にかゝりて居たりし時震出し
けれは検校かの婦をいさなひて逃出んとしけるか頓に【とみに=急に】家潰れてとも
に即死す惜ひ哉この葦の屋は近き頃官医となれり普通の瞽者の
如く高利の金を貸して足(ソク)【金銭のこと】を貪るの如きにはあらすされは家冨るにあ