翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

地災撮要. 巻7-9(地震之部) - 翻刻

地災撮要. 巻7-9(地震之部) - ページ 129

ページ: 129

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【右丁】  衣服を脱せて援け出したりあるじは重き疵をかふむり其外  も各疵をかうむりたれとも皆存命なり其餘は家に仕へて誠忠  の事とも公儀へ聞えしかは十二月下旬官府へ召れてかねへは褒  美あり銀子十五枚賜りたり 〇右之縁者新黒門町角小倉蕎麦之あるじ喜兵衛といへるも土蔵  の鬼瓦頭上に落ちて即死せりと聞ゆ                  田中平四郎殿話  日々窪なる毛利侯の茶道古川唯信諸技にわたりて多能の人  なり主君の寵を得たりしか同僚の偏執により住うかりし【住みづらい】 かは致  仕【「チシ」=官職を辞する】して後 是空(セクウ)と号し品川東海寺 の境内に寓し又市中にも住居 【左丁】  しけるか此頃浅草寺奥山人麿祠の傍に在りける故人西村藐庵  か三回の祥忌なれは柯茶糲飯(カサレイハン)をもて知る人を饗するよ し聞つ  此日誘引人ありしかと大風扇しかは行すして止ぬこの人売茶翁  高遊外の昔に慣ひてまこと一服一銭を肇むへきの催もある由  聞り 〇十一月両国橋あらたに掛替の御普請成就す同廿三日より貴賤の往  来を免さる此日 官府よりの御沙汰として長寿の者をして渡り  始をなさしめらる南萱場町家持酒屋小西惣兵衛か父母此撰に  あつかり其身妻并息子惣兵衛夫婦孫三蔵夫婦三夫婦渡り初を  なす都下の衆人東西の崕に駢闐して是を見物す《割書:小西惣右衛門| 八十四  妻》