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【右丁】
り其余【餘】商物を焼却して活業に離れたる輩数多ありとぞ
〇二日夜より地震 屡(しば〳〵)ありて止事なし《割書:其夜より翌朝かけて三十余|度迄は覚しか其後は事に紛》
《割書:れて覚|えす》七日暮時と十二日夕八時頃揺しは其内少強し《割書:翌正月にな|りても折に》
《割書:少しの地|震あり》此節鶏宵啼多し又鳥も啼事繁し《割書:八日の夜浅草の鶏|又鳥山内の梢に宿》
《割書:り夜中啼く事|常にかはり数声也》
〇町会【會】所より市中積金を以町々野宿の賎民へ頒ち握飯三日
より十九日迄運送して与へらる又五箇所の御救小屋を建てこ
ゝに憩しめ貧乏の輩を賑給(シンキフ)【施しあたえる】あり《割書:十月五日より追々小屋入始る》掛り名
主五十三人を命せらる五箇所の御小屋左の如し
△幸橋御門外御普請方持火際用地△浅草東仲町広【廣】小路《割書:田楽茶屋|の向側なり》
【左丁】
△竹垣三右衛門殿御代官所葛飾郡海辺【邊】新田百姓松五郎所持地
面《割書:深川高橋の東なり一町|に一町弐間の所なり》△上野山下火除明地《割書:啓運寺の旧地にして|こゝに在し名水を初》
《割書:に■【穿ヵ】ちて再|用ふる由なり》△深川永代寺境内《割書:本社前|東の方》等なり御小屋入のものへ施し
として冨屋の俦【ともがら】ゟ金銭或は菜蔬【野菜】の類を送る事例の如く夥し
《割書:十二月六日ゟ追々元住居に帰らしめ御小屋追々|取払永代寺一ヶ所を残し辰正月廿五日引払》町会【會】所より日々配り飯焚
出し所は△上野大門町《割書:家持呉服屋松坂屋新兵衛尾崎住居|に付舗支配人幸兵衛類焼跡の宅地也》
△牛込神楽坂穴八幡御旅所内△柴神明宮境内△深川永代寺
合四箇所也
〇上野御門主様よりも山下へ《割書:山王下へ寄りたる方にて|町会所掛り御小屋に隣る》御救小屋を建
給ふ是は御領分の貧民賑給の為とす