← 前のページ
ページ 31 / 134
次のページ →
翻刻
【右丁】
又町会【會】所に於テ市中の積金【積み貯えた金銭】を以て江戸中貧賎の町人へ御救米を
わかちたまら【ママ】る十一月十五日に始り十二月廿四日に終る《割書:男六十才ゟ十五才迄白米|五升ツヽ六十一才以上十四》
《割書:才以下のものと女へは三升ツヽなり江戸中|惣人数三十八万千弐百余人と云々》
焼くと見ておもひの門は出しかと
煙たえては住かたもなし 勢中
十二月廿日雪降りて尺に滿つ此日南品川の町々日割に当りて町会【會】
所ゟ御救を取【被?】下たり暁八時より人数を揃へて柳原向へ出黄昏に
及んて各人数に応【應】して白米を頒ち与へられしかは米苞を脊負
て秉燭【へいしょく=灯火を手に持つ】の頃家々へ帰りける其途中の話に云先には地震にてからき
め見つ再ひかゝる難儀にも遇ける事よといへり其辞昇平【世が平和なこと】の御恩沢【澤】を
【左丁】
弁【わきま】へさるに似たれと時にとりては左もありと見ゆげに暫時酒を以
衣とすともさめての後是途の苦しみいかはかりにやあらん
嚮【さき】に信州地震の時貧民は措(オ)き有徝【徳?】なるも俄に在【財?】を失ひ糠糧
に尽(ツキ)て路頭に飢死したる由なれは轂下【こっか=天子のおひざもと。みやこ】の輩は貧賎といへとも厚
き 御仁恵【いつくしみめぐむ。また、あわれみ】にあひてさせる【さほどの】窮迫なし寔【まこと】にこれ治化【ちか=民を治めて善に導くこと】の隆【ゆたか、さかん】なる
仰尊むへし江戸中の豪商所持地面地借店借の者或は近隣の乏
人へ米銭金銀等を施し与ふか者多し各官府へ召れて御褒美あり
又深川の辺には仮【假】屋を建てこゝに憩しめ日々扶食を与へて養育
せるものも多くありし也
〇近在にて殊に甚しかりしは亀有にて凡三万石の潰なる由田畑の