翻刻
者誰々そ先船奉行山崎弥七郎代官宮野三郎右衛門金浜
の平次五郎湊村の左近太郎宿藤七等也此者共は江戸
にて/言負(イヒマケ)るは必定なり然れは二度帰る事かたし今生
の/名残(ナコリ)も今斗そと妻子/眷属(ケンソク)集りて泣かなしむ事限り
なし実ににくき船頭めを首を刎たしといはぬ者こそ
なかりける爰にまた四郎左衛門とて本は大畑の者成しか其
前より我をよく知たり今は八の戸に居住して今度も
逢けるなり奈山秋本彼をよびて汝は船頭をよく知たり
といふか然れは汝も上り船頭に和を入れやはらけみよ若
だまされんに於てはいひまつり勝て参れ左あらは恩は望
にまかせんそ大事なれはと頼まれける四郎左衛門申けるは如仰
船頭めを少年より存して候は余り智恵ある程のものに
あらす其上船公事の事に候へは道はよく存知たり申
勝て参るへし然れは此御領の船の頭になし給へ私も
一世の/覚(ヲホヘ)なれはと申す両人聞て子細なしと云是を加へ
て六人一里/走(ハシリ)の伝馬を取乗替〳〵行程に百八十里の
路次をは九日と申申には江戸の屋敷に着にける