琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

琉球沿革志 上 - 翻刻

琉球沿革志 上 - ページ 35

ページ: 35

翻刻

【右丁】  産する者久く色変せず山に鹿多し 久米(クメ)島《割書:古へ九米に作る伝|信録姑米山と云》計羅摩の西にあり中山を去こと  四十九里周回六里廾町間切三 ̄ツ安河具志川中里湊二 ̄ツ南  を兼城(カネグスク)東を町屋入江と云並に那覇の湊を去て四十八  里 伝信録云由閩中至国必針取此山為準山形勢雄抜也  計羅摩を去て西先嶋と云八重干瀬と称する者南北五  里東西里半古米山と云是より七十五里にて宮古島《振り仮名:針|ハリ》  孔の港也産物五穀及土綿繭油白紙蝋燭螺魚あり海に  黒魚を出す墨魚と云山鷄豚牛馬多し   西北六島《割書:伝信録に伊是那島を|脱して西北五島と云》 【左丁】 戸無(トナキ)島《割書:又名渡名喜伝信|録作度那奇》久米山に近し那覇港の西北廾六  里にあり周廻一里六町旁近に天未奈(テマナ)小島あり地甚狭  少人居なし山牛多し 粟国(アクニ)島《割書:又為_二安護仁_一伝信|録に為_二安根㞾山》那覇港を去ること西北三十里戸無  と倶に古米に近し語言古米に同し山鉄樹を産す他処  に生る者と比すれは良なり山に豕多し 伊惠(イヱ)島《割書:亦曰伊江島伝|信録椅山とす》今帰仁西北港口に至て二里周廻四  里七町五島相接る中山北山の間一小石山四囲黄沙潮  漲隔半里許水退可徒歩 ̄シテ至《割書:伝信|録》民頗る冨饒山上稲田あ  り黍豆麦を産す