翻刻
【右丁】
女
岩まより生るみるめしつれなくはしほひ塩(しほ)みちかひもかひも有なん
又男
なみだにぞぬれつゝしほる世の人のつらき心はそてのしづくか
よにあふことかたき女になん
七十六【丸で囲む】むかし。二条のきさきの。また春宮(とうぐう)のみやすん所と申ける時。
うぢ神にまふで給けるに。このゑつかさにさふらひけるおきな。人
々のろく給わるついでに。御車より給はりて。よみて奉りける
《割書:古今をゝはら》大原やをしほの山もけふこそは神代(かみよ)のことも思ひいつらめ
とて。心にもかなしとや思ひけん。いかゞおもひけんしらすかし
七十七【丸で囲む】むかし。田村(たむら)のみかどゝ申みかどおわしましけり。其時の女御。た
かきこと申。みまぞかり【注①】けり。それうせ給ひてあんしやうじにて。みわざ【注②】
しけり人々さゝけ物奉りけり。奉りあつめたる物。ちさゝけ【注③】ばかり有。
そこはく【注④】のさゝげ物を。木の枝(えた)につけてたうのまへに立たれは山もさ
らにたうのまへに。うこき出たるやうになんみへける。それを右大将(うたいしやう)にいま
【注① みまそがり=いらっしゃる】
【注② 法要、仏事を尊んでいう語。】
【注③ 千捧げ=平安時代、捧げものを数えるのに用いる。物の枝につけた一組の捧げものをひとささげという。】
【注④ そこばく=たくさん】
【左丁】
そかり【注⑤】ける。ふぢはらのつね行と申。いまそかりて。かうのをはるほどに。
哥よむ人々をめしあつめて。けふのみわざをだいにて。春の心ばへある哥
奉らせ給ふ。右の馬(むま)のかみ成けるおきな。目はたがひ【注⑥】なからよみける
山のみなうつりてけふにあふ事は春のわかれをとふと成べし
と。よみたりけるを。今みればよくもあらざりけり。そのかみ【注⑦】は是や増(まさ)りけん哀(あはれ)がりけり
七十八【丸で囲む】むかし。たかきこと申女”御。をわしましけり。うせ給ひて七々日の
みわざ。安祥寺(あんじやうし)にてしけり。右大将(うだいしやう)ふぢはらのつねゆきといふ人いま
そが【濁点の打ち間違い】りけり。其みわざにまふで給ひて。かへさに【注⑧】山しなのぜんじのみこ
おわします。其山しなのみやに。たきをとし水はせらせなどして。
をもしろくつくられたるに。まうで給ひて。としごろよそにはつかふ
まつれど。ちかくはいまだつかふまつらず。こよひはこゝにさふらはんと
申給。みこよろこひ給ふて。夜のをましのまうけさせ給ふ。さるに
かの大将。出てたばかり【注⑨】給ふやう。みやつかへのはじめに。たゞなをやは有へ
【注⑤ いまそがり=いますがり=みまそがり=みますがり=「ある」、「いる」、「おる」の尊敬語。いらっしゃる。】
【注⑥ 見間違い】
【注⑦ その当座。】
【注⑧ 帰りがけに】
【注⑨ 相談する。】