翻刻
【右丁】
天(あま)の川といふ所にいたりぬ。みこに馬のかみおほみきまいる。みこのの給ひ
ける。かたのをかりて。あまの川のほとりにいたるをだいにて。哥よみ
てさかつきさせとのたまひければ。かの馬のかみよみて奉りける
《割書:古今》かりくらし七夕づめ【注①】にやどからん天(あま)の川原にわれはきにける【ママ】
みこうたをかへす〳〵す【誦】し給ひて。返しゑ【ママ】し給はすきの有つね
御ともにつかうまつれり。それか返し
《割書:古今》一とせに一たひきます君まてばやとかす人もあらじとぞ思ふ
帰りてみやにいらせ給ひぬ。夜ふくるまて酒のみ物語して。主のみこゑ
ひて入給ひなんとす十一日の月もかくれなんとすれば。かの馬のかみのよめる
《割書:古今》あかなくにまたきも月のかくるゝか山のはにげていらすもあらなん
みこにかはり奉りて。きの有つね
をしなへてみねもたひらに成なゝん山のはなくは月もいらじを
八十三【丸で囲む】昔。みなせにかよひ給ひし。これたかのみこ。例(れい)のかりしにおわし
【注① 七夕伝説の織女星の異名。】
【左丁】
ますともに。馬のかみなるをきな。つかうまつれり。日比(ひころ)へて。宮にかへり
給ふけり。御おくりしていなんと思ふに。おほみき給ひ。ろく【禄】給はんとて
つかはさりけり。此むまのかみ心もとながりて
まくらとて草引むすぶ事もせし秋の夜とだにたのまれなくに
とよみける。時はやよひのつごもり成けり。みこおほとのこもらで。【注②】あかし
給ひてげり。かくしつゝまふでつかうまつりけるを。思ひの外に御くし
をろし給ふてげり。む月におがみ奉らんとて。をのにまうでたるに。ひえ
の山のふもとなれば。雪(ゆき)いとたかし。しゐてみむろ【注③】にまふでゝ。おがみた
てまつるに。つれ〳〵といと物かなしくてをはしましければ。やゝ久(ひさ)しくさふら
ひて。いにしへの事なと思ひ出て聞へけり。扨もさふらひてしがなと
思へど。大やけ【公】事ども有ければ。えさふらはで夕(ゆふ)ぐれにかへるとて
《割書:古今》わすれては夢(ゆめ)かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君をみんとは
とてなん。なく〳〵きにける
【注② 寝所にお入りにならずに。】
【注③ 御室=貴人の住居。特に、僧房・庵室をいう。】