翻刻
【右丁】
女方より。其みるをたかつきにもりて。かしはをおほひて出したる。かしはにかけり
わだつうみのかさしにさすといはふもゝ君がためにはをしまざりけり
ゐなか人の歌にてはあまれりやたらすや
八十八【丸で囲む】昔いとわかきにはあらぬ。是かれ友達(ともたち)共あつまりて。月を見てそれが中にひとり
《割書:古今》大かたは月をもめてし是ぞこのつもれば人のをひとなる物
八十九【丸で囲む】昔。いやしからぬ男。我よりはまさりたる人を思ひかけてとしへける
人しれすわれ恋しなばあぢきなくいつれの神になき名おゝせん
九十【丸で囲む】むかし。つれなき人を。いかでと思ひわたりければ。あわれとやおもひ
けん。さらはあす物ごしにてもといへりけるを。かぎりなくうれしく。
又うたがはしかりければ。おもしろがりける。さくらにつけて
さくら花けふこそかくも匂ふらめあなたのみかたあすのよのこと
といふこゝろばへもあるべし
九十一【丸で囲む】むかし月日の行をさへなげく男三月のつごもりかたに
【左丁】
《割書:後撰》おしめども春のかぎりのけふの日のゆふくれにさへ成にけるかな
九十二【丸で囲む】むかし。恋しさにきつゝ【来つゝ】かへれど。女にせうそこをたにえせでよめる
あしへこぐたななし小ふね【注①】いくそたび【注②】行かへるらんしる人もなみ
九十三【丸で囲む】昔男。身はいやしくて。いとに【似】なき人を思ひかけたりけり。すこしたのみ
ぬべきさまにや有けん。ふして思ひ。をきて思ひ。おもひわびてよめる
あふな〳〵【注③】思ひはすへしなぞへなく【注④】たかきいやしきくるしかりけり
むかしも。かゝることは世のことはりにやありけん
九十四【丸で囲む】昔男ありけり。いかゞ有けん。其男すまず成にけり。後(のち)におとこ有
けれと。子ある中成ければ。こまかにこそあらねど。時々物いひお
こせけり。女がたにゑかく人なりければかきにやれりけるを。今の男
の物すとて。ひとひふたひをこせざりけり。かの男。いとつらく。をのが聞ゆ
る事をば。今まて給はねば。ことはりと思へど。なを人をはうらみつべき物
になん有けるとて。ろうじて【注⑤】よみてやれりける。時は秋になん有ける
【注① たななしおぶね(棚無小舟)=棚板すなわち舷側板を設けない小舟。近世では、一枚棚すなわち三枚板作りの典型的な和船の小舟をいう。】
【注② 幾そ度=どれくらいの回数。何度も。何回。】
【注③ それぞれの分に応じて。】
【注④ 他と同等に扱えないさま。また、他と比べようもないさま。】
【注⑤ 弄ず=あざける。からかう。ひやかす。なぶる。】