翻刻
【右丁】
秋のよは春日わするゝ物なれやかすみにきりやちへ【千重】まさるらん
となん。よめりける。女かへし
ちゝ【千々】の秋ひとつのはる春にむかはめやもみぢも花もともにこそちれ
九十五【丸で囲む】昔。二条の后(きさき)に。つかうまつる男有けり。女のつかうまつるを。つねに見
かはして【注①】よばひわたりけり。いかで物ごしにたいめんして。おほつかなく思ひつめ
たる事すこしはるかさん【注②】といひければ女いと忍て物ごしに逢(あひ)にけり物語なとして
おとこ
ひこほしにこひはまさりぬあまの川へだつるせきをいまはやめてよ
このうたにめてゝあひにけり
九十六【丸で囲む】むかし。おとこありけり。女をとかくいふ事。月日へにけり。いわ
木にしあらねば。心くるしとや思ひけん。やう〳〵あはれとおもひける。
其ころみな月のもちはかり成けれは。女身にかさ【瘡】ひとつふたつ出
きにけり。女いひをこせたる。今はなにの心もなし。身にかさもひ
とつふたつ出たり。時もいとあつし。すこしあきかせふきたちなんとき。
【注① 見交わす=(男女が)相い逢う。】
【注② 晴るかさん=「はるかす」の未然形+意志・希望の助動詞「む」。晴らそう。】
【左丁 挿絵】