翻刻
【右丁】
かならすあはんといへりけり。秋まつころほひに。こゝかしこより。其人
のもとへいなんずなりとて。くせち【注①】出きにけり。さりければ。此女のせうと【兄】
。にはかにむかへにきたりたり【ママ】。されば此女。かえでのはつもみぢをひろ
はせて。うたをよみて。かき付ておこせたり
あきかけていひしながらもあらなくに木葉(このは)ふりしく江に社(こそ)有けれは
とかきをきて。かしこより人をこせば。これをやれとていぬ。扨やがてのち
つゐにけふまでしらず。よくてやあらんあしくてやあらん。いにし所も
しらず。かの男はあまのさか手をうちてなん。のろひおるなるむくつ
けき事。人ののろひ事はおふ物にやあらん。おわぬ物にやあらんいま
こそは見めとぞいふなる
九十七【丸で囲む】むかし。ほり川のおほいまうち君【大臣】と申。いまぞかりけり。四十の
賀。九条の家にてせられける日。中将(ちうじやう)成けるをきな
《割書:古今》桜(さくら)花ちりかひくもれ老らくのこんといふなる道まがふかに
【注① くぜち(口舌)=文句】
【左丁】
九十八【丸で囲む】むかし。おほきおほひまうち君【太政大臣】と聞ゆる。おわしけり。つかふまつる
男。長月(なかつき)ばかりに。桜のつくり枝(えた)に。きじを付て奉るとて
《割書:古今》わがたのむ君かためにと折(をる)花(はな)は時(とき)しもわかぬ物にぞ有ける
と。よみて奉りたりければ。いとかしこくをかしがりたまひて。つかい
にろくたまへりけり
九十九【丸で囲む】昔。うこんのばゞのひをり【注②】の日。むかいに立たりける車(くるま)に女のか
ほの。下すたれよりほのかに見えければ。中将(ちうじやう)成ける男よみてやりける
《割書:古今》見すもあらず見もせぬ人のこひしくばあやなくけふやながめくらさん
かへし
しるしらぬ何(なに)かあやなく【注③】わきて【注④】いわん思ひのみこそしるべ成けれ
のちは。たれとしりにけり
百【丸で囲む】むかしおとこ。後涼殿のはざまをわたりければ。あるやんごとなき
人の御つぼねより。わすれぐさを。しのぶぐさとやいふとて。いださせ
【注② 日折り=平安時代、五月五日に左近衛の舎人(とねり)が、翌六日に右近衛の舎人が、馬場で競馬・騎射(うまゆみ)の真手番(まてつがひ)をしたこと。手番(てつがひ)=射手を左右に一人ずつつがわせて競わせること。予行の荒手番と正式の真手番がある。】
【注③ わけもなく。】
【注④ 区別して。】