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【右丁】有
たまへりければたまはりて
わすれ草おふるのべとは見るらめとこはしのぶなるのちもたのまん
百一【丸で囲む】むかし。左兵衛督(さひやうへのすけ)【「かみ」の誤記】なりける。ありはらゆきひらといふ有けり。其
人の家に。よき酒(さけ)有と聞て。うへに有ける左中(さちう)べんふぢはらのまさ
ちかといふをなん。まらうとさね【注①】にて。其日はあるしまうけしたり
ける。なさけある人にて。かめに花をさせり。其花の中に。あやしき
ふじの花有けり。花のしなひ【注②】三尺六寸ばかりなん有ける。それを
だいにてよむ。よみはてがたに。あるじのはらからなる。あるしし給ふ
と聞て来りければ。とらへてよませける。もとよりうたの事はしらざ
りければ。すまひ【注③】けれど。しゐてよませければかくなん
さく花のしたにかくるゝ人おほみ有しにまさるふじのかげかも
なと。かくしもよむといひければ。おほきおとゞ【太政大臣】のゑいぐわのさかり
にみまそかり【注④】て。ふぢうぢのことにさかゆるを思ひてよめるとなん
【注① まらうどざね=正客】
【注② 垂れた花房。】
【注③ 断る。】
【注④ いらっしゃる。】
【左丁】
いひける。みな人そしらず成にけり
百二【丸で囲む】昔。男有けり。哥はよまざりけれど。世[の]中を思ひしりたりけり。あ
てなる【注⑤】女の。あまに成て。世の中を思ひうんじて。【注⑥】京にもあらすはる
かなる山 里(さと)に住(すみ)けり。もとしぞく【注⑦】成ければ。よみてやりける
そむくとて雲(くも)にはのらぬ物なれと世のうきことぞよそに成てふ
となん。いひやりけり。さいくうのみやなり
百三【丸で囲む】むかし男有けり。いとまめに。じちよう【注⑧】にてあだ【注⑨】成心なかりけり
ふかくさのみかどになんつかうまつりける。心あやまりやしたりけんみこ
たちのつかひ給ひける。人をあひいへりけりさて
《割書:古今》ねぬる夜のゆめをはかなみまどろめばいやはかなにも成まさるかな
となん。よみてやりける。さる哥のきたなげさよ
百四【丸で囲む】昔ことなる事なくて。あまになれる人有けり。かほやつしたれど。
物やゆかしかりけん。かものまつり見に出たりけるを。哥よみてやる
【注⑤ 身分が高い。】
【注⑥ いやになって。「うんじ」は「倦みし(為)」の転。】
【注⑦ 親族。シンゾクの「ン」を表記しなかった形。】
【注⑧ 実用=まじめ。実直。】
【注⑨ 不誠実で浮気っぽいさま。】