翻刻
かへし。れいのをとこ。女にかわりて
《割書:古今》あさみこそ袖はひつらめなみだ川身さへながると聞はたのまん
と。いへりければ。男いといたうめでゝ。今までまきて。ふばこに入て。ありと
なんいふなる男。ふみをこせたり。えて後(のち)の事成けり。あめのふりぬ
べきになん。見わづらひ侍る。身さいわひあらば。此あめはふらしといへり
ければ。れいのをとこ。女にかはりて。よみてやらす
《割書:古今》かず〳〵に思ひ思はずとひかたみ身をしる雨(あめ)はふりぞまされる
と。よみてやれりければ。みのも。かさも。取あへで。しとゝにぬれてまどひきにけり
百八【丸で囲む】むかし女。人のこゝろをうらみて
風ふけばとばになみこすいわなれやわか衣(ころも)でのかはくときなき
と。つねのことくさにいひけるを。聞(きゝ)をひ【注①】ける。おとこ
よひごとに蛙(かわつ)のあま[た]なく田には水こそまされあめはふらねど
百九【丸で囲む】むかし男ともだちの人を。うしなへるがもとにやりける。
【注① 「聞き負ひ」=自分のこととして聞く。】
【左丁】
《割書:古今》花よりも人こそあたに成にけりいづれをさきにこひんとか見し
百十【丸で囲む】むかし男。みそかに【注②】かよふ女有けり。それがもとより。こよひゆめ
になん見へ給ひつると。いへりければ。をとこ
思ひあまり出にし玉【魂】の有ならん夜ふかくみへば玉むすび【注③】せよ
百十一【丸で囲む】昔男。やんごとなき女のもとに。なく成にけるを。とふらふやうにて。いひやりける
いにしへは有もやしけん今ぞしるまた見ぬ人をこふるものとは
かへし
下ひものしるしとするもとけなくにかたるかごとは恋すそ有べき
またかへし
《割書:後選【ママ】》こひしとはさらにもいわじ下紐(したひも)のとけんを人はそれとしらなん
百十二【丸で囲む】むかし男。念比(ねんごろ)にいひちぎりける。女のことざまに【注④】成にければ
《割書:同》すまのあまのしほやくけふり風をいたみ思はぬ方にたな引にけり
百十三【丸で囲む】むかしをとこ。やもめにていて
ながからぬいのちの程(ほと)にわするゝはいかにみしかき心なるらん
【注② ひそかに。】
【注③ 身から浮かれ出た魂を結び止めるまじない。】
【注④ 「ことざまになる」の形で、他の男に心を移した、或は別の男と結婚するの意。】