翻刻
【右丁】
時はやよひつのいたち。あめそぼぶるにやりける
《割書:古今》おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とて詠(ながめ)くらしつ
㊂むかし。男。有けり。けさうじける。女の許(もと)に。ひじきもといふ物をやるとて
おもひあらばむぐらの宿にねもしなんひじき物には袖(そて)をしつゝも
二条の后(きさき)の。まだみかどにも。つかうまつり給はで。たゞ人にてをはしける。時の事也
㊃昔。ひんがしの五条に。おほきさいのみや。おはしましける。西のたいにす
む人有けり。それをほいにはあらで。心ざしふかゝりける人。行とふらひける
をむ月の十日ばかりの程に。外にかくれにける。有所はきけど。人の行か
よふべき所にも。あらざりければ。なをうしと。思ひつゝなん有ける。又の年
のむ月に。梅の花ざかりに。こぞをこひて。いきて立て見。ゐて見。みれど
。こぞににるべくもあらず。うちなきて。あばらなるいたじきに。月のかたふく
までふせりて。こそをおもひ出てよめる
《割書:古今》月やあらぬ春やむかしの春ならぬわか身ひとつはもとの身にして
【左丁 挿絵】