翻刻
【右丁】
とよみで。夜のほの〳〵とあくるに。なく〳〵かへりにけり
㊄むかし。男有けり。ひんがしの五条わたりに。いとしのびていきけり。
みそかなる所なれば。かどよりもえいらで。わらはべのふみあけたる。ついぢの
くづれより。かよひけり。人しげくもあらねど。たびかさなりければ。あるじ
きゝ付て。其かよひぢに。夜(よ)ごとに人をすへて。まもらせければ。いけど
もえあはて。かへりけり。さてよめる
《割書:古今》人しれぬわがかよひぢのせきもりはよひ〳〵ごとにうちもねなゝん
と。よめりければ。いといたう。心やみけり。あるじゆるしてげり。二条の后(きさき)に。
忍(しの)びてまいりけるを。よの聞へ有ければ。せうと達(たち)のまもらせ給ひけるとぞ
㊅むかし。男有けり。女のえうまじかりけるを。年(とし)をへて。よばひわたりける
を。からうじて。ぬすみ出て。いとくらきにきけり。あくた川といふかわを
ゐて。いきければ。草(くさ)のうへにをきたりけるつゆを。かれは何ぞとなん。
男にとひける。行さきおほく。夜もふけにければ。鬼(をに)有所ともしらで。神
【左丁】
さへいといみじう成。あめもいとうふりければ。あはらなるくらに。女をばおく
にをし入て。男弓やなぐひ【胡籙】をおいて【負いて】。とぐちにをり。はや夜(よ)もあけなん
と思ひつゝ。ゐたりけるに。鬼(をに)はや一くちに。くひてげり。あなやといひ
けれど。神なるさはぎに。えきかざりけり。やう〳〵夜もあけ行にみれば
ゐでこし女もなし。あしずりをして。なけどもかひなし
《割書:新古今》しら玉かなにぞと人のとひし時つゆとこたへてきえなまじ物を
これは二条の后(きさき)の。いとこの女御の。御もとにつかうまつるやうにて。ゐ給
へりけるを。かたちのいとめでたくおわしければ。ぬすみておひて出たり
けるを。御せうどほり川のおとゞ。太郎くにつねの大 納(な)ごん。まだげらう
にて。内へまいり給に。いみじうなく人有を聞付て。とゝめて取かへ
したまふてげり。それをかくおにとはいふなりけり。まだいとわ
かうてきさきのたゝにおわじける時となり
㊆むかし。をとこ有けり。京に有わひて。あづまにいきけるに。いせ