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そめ。頭(かしら)に花笄(はなかんざし)をさしかざし。色元結(いろもとゆひ)をむすび。髪(かみ)のゆひざまも今(いま)
様(やう)にとりあげて。阿曽比(あそび)めきたる容(かたち)につくり。床机(しやうぎ)めきたるものゝ
うへに。紅(くれなゐ)の毛氈(けむしろ)しきて尻(しり)かけたる姿(すがた)嬋娟(せんけん)たる壮丹花(ぼたんくわ)の咲(さき)いで
たるごとくにて。あたりもかゞやくばかりうつくしけれど腹(はら)手首(てくび)咽(のんど)くび
なとに。蛇(へび)どもいくつとなくまとひつき。かまくびをおしたて赤(あか)き針(はり)の
やうなる舌(した)を吐(はき)いだし。目(め)をぽち〳〵としてうごめくさま。見るにさへ身(み)の毛(け)そば
だつばかりなり。見物(けんぶつ)の諸人(しよにん)何(なに)の遠慮(ゑんりよ)もなくかれが顔(かほ)をちか〴〵とうち
まもり。世(よ)にまれなる娘(むすめ)なるにかく妖蛇(ようじや)に見こまれしはおしむべき事(こと)に
あらずや。かゝるあさましき身(み)とだになりにたるを。はれがましう人(ひと)集(あつめ)て見する
ことよ。かの女いかにわびしとや思ふらん。あな不便(ふびん)のことやといへば傍(かたはら)の人(ひと)の
いへるは。いな〳〵かれが親(おや)めは。さだめて非義(ひぎ)非道(ひどう)をおこなひつる。悪人(あくにん)
ならめ。そのゆゑに親(おや)の因果(いんぐわ)の子(こ)にむくいて。かうあさましき身(み)とはなり
つらめ。さるあしき者(もの)の。うみつけつる子(こ)なれば。かれも又 姿(すがた)こそうつくし
けれ。志(こゝろざし)はさぞゆがみつらめ。世(よ)の人(ひと)のよき戒(いまし)めぞ。かう人(ひと)〴〵に面(おもて)さらさしむる
は。かへりてかれらが罪科(つみとが)のきえうするよすがなり。憐(あはれ)むべきにあらず。人(ひと)
〴〵よく見てやりねなど。口(くち)〴〵にいふを聞(きゝ)つゝ。人(ひと)〴〵に顔(かほ)まもらるゝ楓(かへで)が
苦(くる)しさ。いかばかりならんはかり思ふべし。抑(そも〳〵)石山寺(いしやまでら)は石光山(せきくわうざん)と号(がう)し。天平(てんへい)
勝宝(しやうほう)六年の草創(さう〳〵)なり。聖武(しやうむ)天皇(てんわう)の朝(ちやう)。僧正(そうじやう)良弁(りやうべん)。如意輪観自(によいりんくわんじ)
在(ざい)丈六(じやうろく)の尊像(そんぞう)を安置(あんち)す。一千 有余年(ゆうよねん)を経(へ)たる霊場(れいぢやう)なり。後(うしろ)は
連峰(れんほう)峨々(かゞ)として。岩間(いはま)笠取(かさとり)醍醐(だいご)につらなり。前(まへ)は勢田川(せたがは)のながれ)
淼々(べう〴〵)として。湖水(こすい)につゞく。げに此地(このち)の月(つき)を賞(しやう)じて。近江八景(あふみはつけい)の一勝(いつしやう)と
せるもうべなり。扨(さて)此(この)御寺(みてら)の門前(もんぜん)に。ひとりの浪人(ろうにん)。深編笠(ふかあみがさ)に面(おもて)をかくし。