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より外(ほか)なしと思ひ。かく巡礼(じゆんれい)に姿(すがた)を扮(やつ)して物乞(ものこひ)つゝ。辛(から)うじて大和(やまと)の
国(くに)にいたりけるが。おん身(み)在京(ざいきやう)の節(せつ)。かしこにて。俄(にはか)に浪々(ろう〳〵)の身(み)となり玉ひ。
ゆくゑしれずときゝつるゆゑ。ほとんど力(ちから)おち。縊(くびれ)てや死(しな)ん。淵川(ふちかは)に身(み)を
しづめやすべきと。とざまかうざまに思ひめぐらしけるが。せめて諸国(しよこく)の
霊場(れいじやう)をめぐりて。養父母(ようふぼ)の菩提(ほだい)の為(ため)。我身(わがみ)来世(らいせ)をたすかるよすが
にもせばやと思ひつき。社家(しやけ)に育(そだち)て仏(ほとけ)につかふるは心(こゝろ)たがへるやうには
あれど。神仏(しんぶつ)もと同体(どうたい)ともきけば。くるしからじと心(こゝろ)を決(けつ)し。をちこちを
巡拝(じゆんはい)して。けふしも此(この)御寺(みてら)にまうでしが。思ひかけず兄(あに)うへにあひ
奉りしは。全(まつた)く菩薩(ぼさつ)のみちびき玉ふに疑(うたがひ)なし。おん身(み)は又 何(なに)ゆゑ
俄(にはか)に浪人(ろうにん)し玉ひ。かばかり零落(れいらく)はし玉ひつるぞと。とひかへせば。
雲六(うんろく)こたへて。我(わが)身(み)のうへの物語(ものがたり)は一席(いつせき)に尽(つく)されず。殊更(ことさら)こゝは路(みち)の
傍(かたはら)といひ人 立(だち)おほき所(ところ)なれば。くはしき事(こと)を語りがたし。且(まづ)我(わが)住家(すみか)へともなふべし
とていそがはしく鼓(つゞみ)しきものなどとりおさめ。女をつれて家(いへ)にかへりぬ。雲六(うんろく)が
心底(しんてい)善(ぜん)か悪(あく)かはかり知(し)るべからず。かくて日も西山(せいざん)にかたふきければ。参詣(さんけい)の諸人(しよにん)足(あし)を
はやめておのがさま〴〵帰路(きろ)をいそぎ。俄(にはか)に寂寞(せきばく)たる折(をり)しも。一人の虚無僧(こむそう)尺八(しやくはち)の
笛(ふゑ)をとり。滝(たき)おとしを吹(ふき)すまして此(この)処(ところ)にあゆみ来(く)る。その後(しりへ)につきて腹巻(はらまき)に擘(こ)
手(て)臑楯(すねあて)つけたる捕手(とりて)の人数(にんず)。ぬき足(あし)しつゝ忍(しのび)より時分(しぶん)よしとや思ひけん。前後(せんご)
左右(さゆう)をとりかこみ。一言(いちごん)の詞(ことば)もなく。手(てに)〳〵に十手(じつて)を打(うち)ふりて。からめとらんとかゝり
けるが。虚無僧(こむそう)尺八(しやくはち)を以(もつ)てあしらひ。しばし打合(うちあひ)ける所(ところ)に。思ひかけざる背後(うしろ)の方(かた)の
かり家(や)のうちより。耳(みゝ)もとにいさゝか鬢(びん)の髪(かみ)のこし。頭(かしら)なごりなく剃(そり)すてゝ
いとおかしげなる男(をとこ)。一根(いつこん)の棒(ぼう)をとりてをどり出(いで)。捕手(とりて)の人数(にんず)をめつた打(うち)に
打(うち)たふしけるにぞ。彼(かの)輩(ともがら)敵(てき)する事(こと)あたはず。散(さん)〴〵になりて逃去(にげさ)りぬ