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時(とき)にかの男(をとこ)棒(ぼう)をからりとなげすてゝ平伏(へいふく)し。土(つち)に額(ひたい)をすりつけて恭く
いひけるは。某(それがし)察(さつ)し奉るに。君(きみ)は佐々木(さゝき)の若殿(わかとの)桂之助(かつらのすけ)国知公(くにともこう)にうたがひなし
実をおんあかし玉はれかしと相(あひ)のぶる虚無僧(こむそう)頭(かうべ)を打(うち)ふり。こは思ひかけざる
事(こと)を聞(きく)ものかな。某(それがし)は一所不住(いつしよふちう)の修行者(しゆぎやうじや)にて。もとより卑賤(ひせん)の者(もの)なり
かならずしも人たがへし玉ふなといふ。かの者(もの)かさねていはく。世(よ)をしのぶおん身
なれば。容易(ようい)に実(じつ)をあかし玉はぬも理(ことはり)なり。先(まつ)やつがれが身(み)のうへを前(さき)に
告(つげ)きこえ奉らん。そもやつがれはおん家士(いへのこ)名護(なこ)屋山三郎が僕(しもべ)鹿蔵(しかぞう)
と申す者(もの)の弟(をとゝ)猿(さる)二郎と申す者(もの)にて候もとは兄(あに)とゝもに山(さん)三郎につかへ
はべりしが。やつかれはゆゑありて仕(つか)へを辞(じ)し。古郷(こきやう)河内(かはち)の国(くに)にかへりてくらせし
うちなごや三郎左衛門は不破(ふは)伴(はん)左衛門が為(ため)に闇打(やみうち)にあひ山三郎は平(へ)
郡(ぐり)の館(やかた)の騒動(そうどう)につきて。やつがれが住家(すみか)におち来(きた)り。一ツには君(きみ)のおんゆく
へをたづねて安否(あんぴ)をとひ奉り。二ツには伴(ばん)左衛門をたづね出(いだ)して父(ちゝ)の仇(あた)を
むくはんと。我(われ)〳〵に命(めい)じて所々(しよ〳〵)方々(ほう〴〵)をたづねしめ。このごろは山(さん)三郎 鹿蔵(しかぞう)を具(ぐ)し
て西国(さいこく)に旅立(たびだち)はべりぬ。やつがれは露(つゆ)の五郎兵衛と名(な)を更(かへ)。辻談義(つぢだんぎ)にことよせて。
京(きやう)大坂(おほさか)は申すにおよばず。所々(しよ〳〵)人立(ひとだち)おほき処(ところ)にいたりて。専(もつはら)尋(たづ)ねはべりぬ。しかるに
唯今(たゞいま)君(きみ)にめぐりあひ奉るは。我(われ)〳〵主従(しゆう〴〵)が一念(いちねん)とゞきし所(ところ)也。世(よ)にあるおん時(とき)ならば
某等(それがしら)がごとき賎(いやし)き身(み)は。おん姿(すがた)を拝(をが)み奉ることだもあたふまじきに。面前(まのあたり)拝(はい)
謁(ゑつ)つかまつる勿体(もつたい)なさよといひて。実心(じつしん)面(おもて)にあらはれければ。虚無僧(こむそう)打(うち)うな
づき。さる誠心(せいしん)を聞(きく)うへは何(なに)をかつゝむべき。汝(なんぢ)が推量(すいりやう)にたがはず我(われ)は桂之助(かつらのすけ)也。
汝(なんぢ)が面(おもて)は見しらずといへども。山(さん)三郎がしもべに。鹿蔵(しかぞう)猿(さる)次郎とて両人(りやうにん)ありとは
かねてより聞(きゝ)およびぬとのたまひければ。猿(さる)二郎こは冥加(みやうが)なるおん詞(ことば)。あり
がたきまでにおぼへはんべり。不破(ふは)道犬(どうけん)が悪意(あくい)。奥方(おくがた)若君(わかぎみ)のおん身(み)のうへに