翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

昔話稲妻表紙 - 翻刻

昔話稲妻表紙 - ページ 112

ページ: 112

翻刻

つきては。さま〴〵申あぐべき事(こと)あれども途中(とちう)にてはきこえがたし。かの捕手(とりて)の 奴原(やつばら)人数(にんず)をましてふたゝびこゝにきたらんは必定(ひつぢやう)なれば。とく〳〵おん身(み)を かくし玉ふべし。もしかの奴原(やつばら)来(きた)り候はゞ。しか〴〵はからひ候べしとて耳(みゝ)につけて さゝめきぬ。さてはるかむかひの方(かた)に家(いへ)あり。あかり障子(しやうじ)に一子相伝(いつしそうでん)名方(めいほう)赤(あか) 膏薬(かうやく)と。筆(ふで)ぶとにかきつけたるを門口(かどくち)にたて。外(と)のかたにあまたの薬名(やくめい)を しるしたる招牌(せうはい)をかけならべ。もろ〳〵の奇病(きびやう)のさま解体(かいだい)の図(づ)などをかき。 これらをもかゝげいだしたるは。外療(ぐわいりやう)の薬(くすり)をひさく家(いへ)なりけり。猿(さる)二郎 指(ゆび)さして。 かしこはやつがれが旅宿(りよしゆく)にて候。幸(さいはひ)あるじは京上(きやうのぼ)りして家(いへ)にをらず。只(たゞ)聾(みゝしい)の老僕(ろうぼく) あるのみ。たれはゞかる者(もの)も候はずとて。桂之助(かつらのすけ)をいざなひてかの家(いへ)にいたり。 裏(うち)に入(い)りてあかり障子(しやうじ)をもとのごとく引(ひき)たて。声(こゑ)をなさずして居(ゐ)たり けり。此時(このとき)已(すで)に日(ひ)はくれ果(はて)て。夕月夜(ゆふづくよ)の光(ひか)りあきらかなりけるが。果(はた)して 捕手(とりて)の者(もの)ども人数(にんず)をまし来(きた)りて。此(この)家(いへ)をとりかこみ声(こゑ)たかやかによばゝりいひ けるは。さきほど此(この)家(や)にかくれたる虚無僧(こむそう)は。佐々木(さゝき)桂(かつら)之助 国知(くにとも)にうたがひなし。 いかに国知(くにとも)なんぢ官領職(くわんれいしよく)浜名殿(はまなどの)の内意(ないい)により。勘当(かんどう)うけたる事(こと)を遺恨(いこん) に思ひ。ひそかに野伏(のぶし)浪人(らうにん)どもをかたらひ。浜名(はまな)どのに敵(てき)せんとはかるよし。註進(ちうしん)の 者(もの)ありてきこしめされ。からめとりてきたるべしと厳命(げんめい)をかうふりて。我輩(わがともがら) はせむかひつるなり。のがれぬ所(ところ)ぞ。とくこゝに出(いで)きたりていましめをうけよ。さきほど 手(て)むかひせし奴(やつ)めも。なんぢに一味(いちみ)の者(もの)ならん。かの奴(やつ)めもとく〳〵こゝへいだせ。 首(くび)ひきぬきて思ひしらせんずるぞと。口(くち)には猛(たけ)くのゝしれども。猿(さる)二郎がさき ほどの手(て)なみにおそれて。内(うち)にすゝみいらんずる者(もの)は独(ひとり)もなく。只(たゞ)さわがしき のみなりけり。時(とき)にあかり障子(しやうじ)に人影(ひとがけ)うつり。桂(かつら)之助の声(こゑ)として。いかになんぢ らしづまりて我(わが)いふ事を聞(きけ)。我(われ)恥(はぢ)をしのびて今日(こんにち)までいきながらへ。一所不住(いつしよふぢう)