← 前のページ
ページ 114 / 192
次のページ →
翻刻
足(あし)の膏薬(かうやく)に。引(ひき)もどさるゝこゝちして。こけつまろびつ逃(にげ)ゆきけり。
猿(さる)二郎は太刀(たち)をすてゝ打笑(うちわらひ)。さても臆病(おくびやう)なる奴原(やつばら)かな。因果娘(いんぐわむすめ)の
蛇(へび)どもが。思ひもかけず用立(ようだち)しは。禍(わざはひ)の三 年(ねん)めともいひつべしと。ひとり
ごちて。蛇(へび)どもをもとの笊籬(ざる)にうちいれ。一間(ひとま)のうちより桂(かつら)之助を
ともなひ出(いで)。かれらを殺(ころ)し候ては。かへりて後日(ごにち)のさまたげに候へば。わざと
刃引太刀(はひきだち)をもちひておどし候。つら〳〵思ひはべるに。不破(ふは)道犬(どうけん)君(きみ)を失(うしな)ひ
奉らんとはかりて。官領(くわんれい)の命(めい)といつはり。君(きみ)のおん心(こゝろ)におぼえなき事(こと)を
申したてゝ。捕手(とりて)をむけたるに疑(うたがひ)なし。大切(たいせつ)のおん身(み)なればかならずしも
かろ〴〵しく出(いで)あるき玉ふべからず。かれら一度(ひとたび)見おぼえたる此(この)家(いへ)に忍(しの)ばせ
申すは危(あやう)ければ。今宵(こよひ)のうち別所(べつしよ)に御座(ござ)をうつし奉らん。いざゝせ
玉へと催(もよほ)して。つひに両人(りやうにん)いでゆきけり