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にさまよひつるが。とても武運(ぶうん)に尽(つき)たる身(み)なれば。此(この)所(ところ)におきていさぎよく。
腹(はら)かきやぶりて相果(あいはつ)るぞかし。いざ首(くび)をとりて高名(かうみやう)にせよ者(もの)どもとよばゞり
けるが。やがて障子(しやうじ)のすきまより。鮮血(せんけつ)こゞりてながれいでぬ。捕手(とりて)の者(もの)われ
さきに首(くび)とりて賞銀(しやうぎん)にあづからんと。遅速(ちそく)をあらそひ。障子(しやうじ)を打(うち)たふして
内(うち)を見れば。こはいかに桂(かつら)之助にはあらずして。正面(しやうめん)の胡床(あぐら)のうへに。人(ひと)の長(たけ)ほど
につくり。五臓六腑(ごぞうろくふ)をいろどりたる。神農(しんのう)の胴人形(どうにんぎやう)。右(みぎ)に茶匙(さじ)を持(もち)左(ひだ)りに薬(やく)
草(そう)をとりたるをすゑおきぬ。障子(しやうじ)のひまより血(ち)わたと見えしは。赤膏薬(あかかうやく)に
ぞありける。かの者(もの)どもこれを見て。只(たゞ)あきれて酒(さけ)に酔(ゑひ)たるこゝちしけるが。さては
欺(あざむ)かれたるか口(くち)おしさよ。さるにても今(いま)の声(こゑ)は桂(かつら)之助にまぎれなし。かしこにかくれ
たるにうたがひなしとて。奥(おく)の一間(ひとま)を目(め)がけて走(はし)りいらんとひしめき。誤(あやま)りて傍(かたはら)に
ありける笊籬(ざる)をふみたふしけるが。たちまち数多(あまた)の蛇(へび)のたり出(いで)て。かれらが
手脚(てあし)にまとひつきけるにぞ。打驚(うちおどろ)てさわぎたち。又 誤(あやま)りて膏薬鍋(かうやくなべ)を
ふみかへしければ。膏薬(かうやく)足(あし)のうらにねばりつきてはなれず。蛇(へび)の手(て)かせ。
膏薬(かうやく)の足(あし)かせ。これをのぞかんとすれば。かれにまつはれ。ほど〳〵進(しん)
退(たい)を失(うしな)ひて。只(たゞ)騒動(そうどう)するのみなりけり。時分(じぶん)よしと猿(さる)二郎たすきひきゆひ。
もすそかゝげて身(み)がるに打扮(いでたち)。明晃々(めいくわう〳〵)たる大太刀(おほだち)を抜(ぬき)もちて。一間(ひとま)のうち
よりをどり出(いで)。めつた斬(きり)にきりたつればみな〳〵大に狼狽(らうばい)し。一人(いちにん)と
して敵(てき)する者(もの)はなかりけり。かの大太刀(おほだち)はもと居合(ゐあひ)の刃引太刀(はひきだち)なれば。
きりつけられたる痕(あと)。蚯蚓(みゝつ)のごとくはれあがるのみにて。一命(いちめい)に恙(つゝが)はなし
といへども。しば〳〵魂(たましい)を奪(うばゝ)れて。こゝろます〳〵臆(おく)したる者(もの)どもなれば。
黐(もち)に黏(つき)たる蝿(はへ)のごとく。たふれしまゝに起(おき)も得(え)ず。手(て)をすり足(あし)を
すりてくち〳〵に。ゆるし玉へと打(うち)わひつゝ。からうじて起上(おきあが)りけるが。疵(きづ)持(もつ)