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余州(よしう)。すべての神(かみ)の政所(まんどころ)。出雲(いづも)の国(くに)の大社(おほやしろ)。神(かみ)の数(かづ)は九万八千七 社(しや)の
御神(おんかみ)。仏(ほとけ)の数(かづ)は一万三千四 箇(か)の霊場(れいぢやう)。冥道(みやうだう)をおどろかし此(こゝ)に降(くだ)し奉る。
おそれありや。此時(このとき)によろづのことを残(のこ)りなく。をしへてたべや梓(あづさ)の神(かみ)。
うからやからの諸精霊(しよしやうれう)。弓(ゆみ)と箭(や)のつがひの親(おや)。一郎(いちらう)どのより三郎どの。人(ひと)も
かはれ水(みづ)もかはれ。かはらぬものは五尺(ごしやく)の弓(ゆみ)。一打(ひとうち)うてば寺(てら)〴〵の。仏壇(ぶつだん)に
ひゞくめり
梓(あづさ)の弓(ゆみ)にひかれ〳〵て。藤娘(ふぢなみ)がなきたまこゝまでまうで来(き)つるぞや。なつかし
やよく水(みづ)手向(たむけ)て玉はりしぞ。主君(しゆくん)とは申しながら。おそれおほくも心(こゝろ)には。枕(まくら)ぞひとも
思ひしから。烏帽子宝(ゑぼしだから)を産(うみ)はべりて。唐(から)の鏡(かゞみ)とかしづかれ。おん身(み)等(ら)にも
安堵(あんど)させ。たのしきくらしをさせ申んと。思ひし事も左(ひだ)り縄(なは)。ゆひがひもなき
妾(わらは)が身(み)のうへ。露(つゆ)ばかりも罪(つみ)なくて。邪見(じやけん)の刃(やいば)に身(み)をほふられ。つきぬ恨(うらみ)
の悪念(あくねん)が。此(この)身(み)を焦(こが)す炎(ほのほ)となり。はれぬ思ひの冥道(くらきみち)に。今(いま)に迷(まよ)ふて居(をり)候と。いとも
哀(あはれ)にいひければ。小枝(さえだ)泣声(なきごゑ)にて。うかまぬもことわりぞ。冥途(めいど)の苦患(くげん)さそかしと。
思ひはかればはかるほど。胸(むね)ふさがり。心(こゝろ)も消(きゆ)る思ひぞかしといひて打(うち)なげゝは。阿竜(おりう)は
うしろに打伏(うちふし)て。涙(なみだ)にむせぶばかり也。巫(みこ)かさねていひけるは。地獄(ちごく)のうちのおそろし
さを聞(きゝ)てたべ。妾(わらは)がごとく刃(やいば)にかゝりて死(しゝ)したるものは。刀山地獄(とうざんぢごく)とて。垂氷(つらゝ)を
さかしまに植(うゑ)たるごとき剣(つるぎ)の山(やま)を。牛頭馬頭(ごづめづ)の鬼(おに)どもが。くろがねの笞(しもと)を
あげて追(おひ)たつるに。罪人(さいにん)はせんすべなく。なきさけびつゝはせのぼり。はせくだりて
苦(くる)しむ也。妾(わらは)も日々(ひゞ)にその苦(くるしみ)をうくるぞかし。あるは火(ひ)の車(くるま)にのせられて。黒闇(こくあん)
道(どう)をゆく時(とき)もあり。あるは血(ち)の池(いけ)にひたりて。火(ひ)の雨(あめ)に身(み)を焦(こがす)す時(とき)もあり。
紅蓮(くれん)大紅蓮(だいくれん)の氷(こほり)にとぢられ。叫喚(きやうくわん)大叫喚(だいきやうくわん)の炎(ほのほ)にやかれ。品(しな)かはりたる
地獄(ちごく)のさま。なか〳〵詞(ことは)にのべがたし。さる責(せめ)の苦(くる)しきうちにも。唯(たゞ)忘(わす)れがたきは