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勘当(かんだう)なり。打(うつ)べきや打(うつ)まじきや。返答(へんたう)せよと。せきにせきて詞詰(ことばづめ)し
ければ。山(さん)三郎しかるうへは是非(せひ)に及(および)候はず。いかでか違背(いはい)仕るべきとて。
袴(はかま)のくゝり引(ひき)あげ。上草履(うはぞうり)をとりて庭(には)にをり立(たち)。庭下駄(にわげた)をならして。
飛石(とびいし)をつたひ。伴(ばん)左衛門が傍(そば)にちかづき。厳命(げんめい)なればせんすべなし。かならず
恨(うらみ)玉ふなと。耳(みゝ)ちかくいひきけて。草履(ぞうり)をあげ。面(おもて)をかけて一打(ひとうち)うち。
退(しりぞか)んとするを。桂之助(かつらのすけ)椽先(ゑんさき)に出(いで)て一見(いつけん)し。あな手弱(てよわき)ぞ山(さん)三郎。数(かづ)なく
打(うち)て辱(はづかし)めよとあふせければ。やむことを得(え)ず立(たち)もどり。又しと〳〵と連打(つゞけうち)
に打(うち)けるにぞ。伴(ばん)左衛門が鬠(もとゆひ)弗(ふつ)ときれ。鬢髪(びんはつ)乱(みだ)れて見るにしのびぬ
形勢(ありさま)なり。桂之助(かつらのすけ)呵々(から〳〵)と打笑(うちわらひ)。みな〳〵彼(かれ)を見よ。こゝちよき見物(みもの)にあら
ずや。はや引出(ひきいだ)して後門(うらもん)より追払(おひはら)へと命(めい)ず。やがて奴僕等(しもべら)割竹(わりだけ)を
とりて庭(には)づたひに出来(いできた)り。いざ〳〵とて追立(おひたて)ければ。伴(はん)左衛門しぶ〳〵
立(たち)あがりて。しづかに衣服(いふく)の塵(ちり)を打払(うちはら)ひ。山(さん)三郎を尻目(しりめ)ににらみていて
ゆきぬ。これぞ遺恨(いこん)の起(おこ)りとは後(のち)にぞ思ひ知(し)られける。かくて後(のち)山(さん)三郎。
しば〳〵諌言(かんげん)をもちひけれども。桂之助(かつらのすけ)露(つゆ)ばかりも聞入(きゝいれ)ず。佞臣等(ねいしんら)は
山(さん)三郎をとほざけんと計(はかり)。一向(ひたすら)あしくとりなすにより。桂之助(かつらのすけ)山(さん)三郎を
召出(めしいだ)し。百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)御覧(ごらん)すみなば。此方(このはう)より別人(べつじん)を以(もつ)てもとすべし。
汝(なんぢ)が役目(やくめ)すみたるうへは。いたづらに在京(ざいきやう)せんも親人(おやびと)のおぼす所(ところ)いかゞなり。
とく〳〵帰国(きこく)いたすべしとあれば山(さん)三郎 心(こゝろ)ならずといへども君命(くんめい)もだしがたく。
俄(にはか)に行装(たびよそほひ)をとゝのへて国元(くにもと)へまかりくだりぬ。しかりしより後(のち)は。誰(たれ)憚(はゞか)る者(もの)
もなく。室町(むろまち)の御所(ごしよ)へは重病(ちやうびやう)と披露(ひろう)して出仕(しゆつし)をやめ。日夜(にちや)の酒宴(しゆえん)
糸竹(いとたけ)の調(しらべ)に。春(はる)の日(ひ)も暮(くれ)なんことを花(はな)におしみ。秋(あき)の夜(よ)も短(みぢか)しと
月(つき)にかこち。更(さら)に本性(ほんしやう)はなかりけり