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所(ところ)がらとて物(もの)馴(なれ)たる女なれば。ゆる〳〵物語(ものがたり)し玉へといひて出(いで)ゆきぬ。あとにて
別(べつ)に人(ひと)もなければ。葛城(かつらき)かの侍(さむらい)にむかひ。卒爾(そつじ)なりといへども。とひ申し度(たき)事(こと)
のはんべり。妾(わらは)は葛城(かつらき)と申すあそびなるが。おん身(み)三本傘(さんぼんからかさ)の紋(もん)つけ玉ふからは。
若(もし)名古屋(なごや)山(さん)三郎どのにはあらずやといふ。かの侍(さむらい)打聞(うちきゝ)てさては聞(きゝ)およびたる
葛城(かつらき)どのなるか。おことは山(さん)三郎に何(なに)の所縁(ゆかり)ありてたづぬるや。推量(すいりやう)の
ごとく某(それがし)は山(さん)三郎なりとて編笠(あみがさ)をとれば。葛城(かつらき)顔(かほ)をつれ〳〵と打(うち)まもり
幼時(おさなきとき)わかれたれども。面(おもて)はしかと見おぼへぬ。姓名(せいめい)はおなじおん方(かた)なれども。
おん身(み)は妾(わらは)がたづぬる人(ひと)にはあらず。疎忽(そこつ)のだんはおゆるしあれ。妾(わらは)は大和(やまと)の
国(くに)佐々木(さゝき)の家臣(かしん)。名古屋(なごや)三郎左衛門どのゝ子息(しそく)山三郎どのとて。おさなき
時(とき)いひなづけの殿(との)なるゆゑ。たづねはんべるなりとて。ほいなげに見へければ。
かの侍(さむらい)眉(まゆ)をしはめ。しかのたまふおん身(み)は。和州(わしう)子守町(こもりまち)の浪人(ろうにん)。高間(たかま)久米(くめ)
右衛門どのゝ息女(そくぢよ)にて。幼名(ようみやう)を岩橋(いわはし)とはいはずやといへば。葛城(かつらき)おどろきいか
にしておん身(み)はさばかり妾(わらは)が出身(しゆつしん)をよくしり玉ふやといぶかるにぞかの侍(さむらい)掌(て)
をはたと打(うち)。誠(まこと)に不思議(ふしぎ)の出会(しゆつくわい)なり。今(いま)は何(なに)をかつゝみ候べき。某(それがし)はおん
身(み)のたづね玉ふ。佐々木(さゝき)の家臣(かしん)。名古屋(なごや)三郎左衛門 正春(まさはる)とのゝ僕(しもべ)鹿蔵(しかぞう)と
申す者(もの)なり。かねて山(さん)三郎との幼年(ようねん)の時(とき)いひなづけの女子(によし)ありしと聞(きゝ)しは。
おん身(み)にてありけるか。某(それがし)かゝる打扮(いでたち)にて。今日(けふ)しも此(この)曲中(くるは)へ来(きた)りしは。大(おほい)にいはれ
ある事(こと)なり。先年(せんねん)主君(しゆくん)三郎左衛門 殿(どの)佐々木(さゝき)のおん家(いへ)の執権(しつけん)。不破(ふは)道(だう)
犬(けん)が児子(せがれ)伴(ばん)左衛門が為(ため)に闇打(やみうち)にあひ玉ひ。その夜(よ)おん館(やかた)の騒動(そうどう)に
よりて。山(さん)三郎どの浪(ろう〳〵)の身(み)となり玉ひ。敵(かたき)伴(ばん)左衛門がゆくへを尋(たづね)ん
ため所(しよ〳〵)方(はう〴〵)をめぐり。旅路(たびぢ)に月日(つきひ)をおくり玉ひしが。近(ちか)ごろ当国(とうこく)小幡(こはた)の
里(さと)にかくれ住(すみ)玉ひ。某(それがし)もその所(ところ)に仕(つか)へ申す也。しかるに頃日(このころ)人の噂(うわさ)を聞(きけ)