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ば。伴(ばん)左衛門 雲(くも)に稲妻(いなづま)の模様(もやう)つけたる衣服(いふく)を着(ちやく)して。此(この)曲中(くるは)へ往来(わうらい)
するよし。かれ敵(かたき)とねらはるゝ身(み)を以(もつ)て。人の見知(みし)りたる衣服(いふく)を着(き)て。しかも
人立(ひとだち)おほき所(ところ)を俳徊(はいくわい)するはこゝろえず。うたがふらくは仮人(にせもの)にて。山(さん)三郎どの
をつり出(いた)して。かへり打(うち)にすべき謀計(はかりこと)と思ひしゆゑ某(それかし)持伝(もちつた)へたる一腰(ひとこし)
を代(しろ)なし。主人(しゆじん)の紋付(もんつき)人(ひと)の見知(みし)りたる衣服(いふく)をこしらへて。かくたはれ男(を)
のさまに打扮(いでたち)。山(さん)三郎どのと見せて。けふしも此(この)処(ところ)へ来(きた)りけるに。折(おり)よくかの侍(さむらい)に
ゆきあひ。わざと鞘当(さやあて)して諠華(けんくわ)を仕(し)かけこゝろみつるに。かれ始終(しゝう)ものいはず。
深編笠(ふかあみかさ)にて面(おもて)はしかと見えざれども。身(み)のはたらき恰好(かつこう)果(はた)して伴(ばん)左衛
門にあらず。小指(こゆび)の無(なき)を見れば。伴(ばん)左衛門が腹心(ふくしん)の傍輩(ほうばい)犬上(いぬがみ)雁八(がんはち)といふ
者(もの)に疑(うたかひ)なしとかたれば。葛城(かつらき)は涙(なみた)をながし。山(さん)三郎どのは妾(わらは)七 才(さい)の時(とき)おや〳〵
のゆるしをうけて。いひなづけしつる夫(をつと)なれば。うき川竹(かはたけ)の身(み)となりても。片(かた)
時(とき)も忘(わす)るゝひまはなく。せめては一目(ひとめ)相(あい)見んことをねかひけれども。篭(かご)にかは
るゝ鳥(とり)の身(み)なれば。せんすべなく。むなしく月日(つきひ)をおくりけるが。そのゝち聞(きけ)ば
父(ちゝ)うへを打(うた)れ玉ひて。その身(み)もゆくへしれずなり玉ひしと聞(きゝ)しゆゑ。殊更(ことさら)
かなしく。何(なに)とぞ一度(ひとたび)めぐりあふよすがもがなと。神仏(しんふつ)に祈(いのり)て。あけくれ
只(たゞ)その事(こと)のみをねがひぬ。けふしもはからずおん身(み)にあひしは。いまだ縁(えん)の尽(つき)ざる
所(ところ)なりといひて。或(あるひ)はかなしみ或(あるひ)は喜(よろこ)び。その身(み)親(おや)の貧苦(ひんく)を見るに忍(しの)びず。
みづから此(この)曲中(くるわ)に身(み)を売(うり)たる。はじめ終(おわり)をこまかにかたり。かゝる賎身(いやしきみ)と
なりて。顔(かほ)合(あは)するもおもてぶせなれども。妾(わらは)が心(こゝろ)の実(まこと)をよく〳〵告(つげ)きこ
へて。せめて一目(ひとめ)あひ見る事(こと)をかなへて玉はれかしと。涙(なみだ)ながらにかき
くどきければ。鹿蔵(しかぞう)もその志(こゝろさし)の実(まこと)を感(かん)じて。共(とも)に袖(そで)をしぼりぬ。葛城(かつらき)
又いひけるは。かたきは伴(ばん)左衛門といふ事(こと)。聞(きく)は今(いま)がはじめなり。さきほどの侍(さむらい)