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しるしたり。山(さん)三郎これを読(よみ)おはり。天地(てんち)を拝(はい)しおどりあがりて㐂(よろこ)び
けるが。鹿蔵(しかぞう)もいさみたち。何(なに)とぞ主君(しゆくん)の敵(かたき)なれば。助太刀(すけだち)をおんゆる
しくだされかしとねがへば。もつともなる望(のぞみ)なれども。敵(かたき)大勢(おゝぜい)なるに臆(おく)
して助太刀(すけだち)をもちひしなんど。世(よ)の人口(じんこう)にかゝらんも口(くち)をしければ汝(なんぢ)をと
もなはんことかなふべからずといへば。鹿蔵(しかぞう)涙(なみだ)をながし。しかるうへはせめて
かの所(ところ)まで御供(おんとも)をゆるし玉はれかし。おん息(いき)つきの水(みづ)にてもまゐらせ度(たく)
候といへばそは勝手次第(かつてしだい)なるべしといふにぞ。鹿蔵(しかぞう)喜(よろこ)び。食事(しよくじ)を調(ちやう)じ
てすゝめなどし。何(なに)くれと支度(したく)して時刻(じこく)のいたるをまつ。山(さん)三郎はわざ
と曲中(くるは)に通(かよ)ふたはれ男(を)の体(てい)に打扮(いでたち)。父(ちゝ)のかたみの左文字(さもじ)の刀(かたな)をお
びその夜の二 更(にこう)の頃(ころ)より五条坂(ごじやうざか)の長堤(ながつゝみ)にいたり。朧月夜(おぼろつきよ)を幸(さいはひ)に。鹿(しか)
蔵(ぞう)もろとも麦畠(むぎばたけ)のうちに身(み)をかくして。時(とき)のいたるを待(まち)にけり。此時(このとき)は
是(これ)いづれの時(とき)ぞや。寛正(くわんしやう)五年三月 下旬(げじゆん)とかや。折(おり)しも春雨(はるさめ)の晴間(はれま)にて
道(みち)あしけれども。常(つね)から往来(わうらい)しげき堤(つゝみ)なれば。しばらくも人(ひと)たえず。
おくりむかひの提灯(ちやうちん)星(ほし)のごとくにつらなり。駕篭(かご)はしらするかけ声(こゑ)は
帰雁(きがん)の音(こゑ)かとあやまたる。さて夜(よ)のふくるにしたがひて。人(ひと)のゆきゝも
漸々(しだい〳〵)にたえ。辻行灯(つぢあんどう)のともし火(び)もかすかにて。鮓(すし)めせ〳〵按摩(あんま)とらせ玉は
ずやとよばふ声(こゑ)も已(すで)にたえ。小田(をた)の蛙(かいる)の声(こゑ)のみたかくきこえて。寺(てら〴〵)
の鐘(かね)五更(ごかう)の時(とき)を告(つげ)わたり。月(つき)は山(やま)の端(は)におちかゝりければ。すは時(じ)
刻(こく)いたれりと。山(さん)三郎 目釘(めくぎ)をしめし鍔元(つばもと)をくつろげ。まくり手(で)
して。待(まち)けるに。ほどなくかの雲(くも)に稲妻(いなづま)の衣裳(いしやう)を着(き)たる侍(さふらひ)一人(ひとり)
編笠(あみがさ)の下(した)に覆面(ふくめん)して。板金剛(いたこんがう)を踏(ふみ)ならしつゝ。あゆみ来(きた)る。まちまう
けたる山(さん)三郎。堤(つゝみ)のうへに飛(とび)のぼり。めづらしや不破(ふは)伴(ばん)左衛門かくいふは