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此場(このば)をのがれん為(ため)のいつはりならんといひて聞入(きゝいれ)ず。已(すで)に大勢(おゝぜい)棒(ぼう)
を打(うち)ふりて。敵(てき)たはんとしたる所(ところ)に。鹿蔵(しかぞう)大勢(おゝぜい)をおしわけて山(さん)三郎が
前(まへ)にちかづき。相公(との)は大事(だいじ)のおん身(み)なれば。かれ等(ら)にかまひ玉はず。とく〳〵
おんかへり候へかし。あとは某(それがし)がよきにとりはからひ候べしとて大勢(おゝぜい)にむかひ。汝(なんぢ)
等(ら)かたがはしく思ふもことわりなれば。某(それがし)人質(ひとじち)となりてこゝにとゞまるべし。
此おん方(かた)をば道(みち)をひらきてとほし申すべしといふにぞ。曲中(くるは)の者(もの)どもやう〳〵
得心(とくしん)してかこみをひらきければ。山(さん)三郎 夜(よ)のあけはてぬ間(あひだ)にと。いそぎて
小幡(こはだ)にかへりけり。扨(さて)も山(さん)三郎は年来(ねんらい)の宿志(しゆくし)をとげ。いさみすゝみて小(こ)
幡(はだ)の里(さと)にかへりけるが。此時(このとき)已(すで)に夜(よ)はあけはてぬ。さて伴(ばん)左衛門が首(くび)を父(ちゝ)
の位牌(いはい)に手向(たむけ)ばやと思ひ。汝(なんぢ)ゆゑにいく年月(としつき)又なき苦労(くろう)せしことよ
といひつゝ。編笠(あみかさ)のうちより首(くび)を取出(とりいだ)して見れば。こはいかに伴(ばん)左衛門
にはあらずして。葛城(かつらき)が首(くび)なれば。こは夢(ゆめ)か現(うつゝ)かといひて。只(たゞ)あきれたる
ばかりなり。さきには大勢(おほぜい)にとりかこまれて心(こゝろ)せはしき火急(くわきう)の時(とき)なれば。
心(こゝろ)づかざりしが。ゑりに残(のこ)りし手首(てくび)を見れば。何(なに)にかあらんにぎりそへたる
ものあり。手(て)くびをもぎはなして見れば。一通(いつつう)の書(ふみ)をにぎりてぞ居(ゐ)
たりける。いそがはしくひらき見れば。是(これ)乃(すなはち)かきおきの文(ふみ)なり。その文(ぶん)に
いはく。妾(わらは)こと此度(このたび)不思議(ふしぎ)に殿(との)にめぐりあひ。おん父(ちゝ)の仇(あた)なる伴(ばん)左衛門
等(ら)を手引(てびき)して。うたせ申さんとうけがひけるに。前(さき)の日(ひ)伴(ばん)左衛門 妾(わらは)が
もとに来(きた)りて申さるゝは。今(いま)まではしらざりしが。頃日(このごろ)偶(ふと)きけば汝(なんぢ)は和州(わしう)
子守町(こもりまち)の浪人(ろうにん)高間(たかま)粂(くめ)右衛門が娘(むすめ)幼名(ようみやう)を岩橋(いははし)といひつる者(もの)のよし。
しかとさあるや。いよ〳〵それにたがはずは。正(まさ)しく我(わが)別腹(べつふく)の妹(いもと)にて妾腹(てかけばら)
なり。その妾(てかけ)ゆゑありて懐胎(くわいたい)のうちに粂(くめ)右衛門がもとに嫁(か)し