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とりつき。さばかりあしきおん志(こゝろざし)あらんとは。露(つゆ)ばかりも思ひはべらず。親(おや)の悪(あく)
意(い)を子(こ)の身(み)としていさめ申さぬ不孝(ふかう)の罪(つみ)。おんゆるしくだされかし。あさま
しきおん身(み)の果(はて)やとて。悲歎(ひたん)の涙(なみだ)にむせびけるが母(はゝ)の悪意(あくい)も畢竟(ひつきやう)は。某(それがし)を
世(よ)にたてんと思はれしより事(こと)おこれば。某(それがし)とても同罪(どうさい)なり。分説(まうしわけ)はかくのとほ
りといひつゝ。母(はゝ)が自害(じがい)の懐剣(くわいけん)をひろひとり。已(すでに)に腹(はら)につきたてんとしたるを。
梅津(うめづ)景春(かげはる)おしとゞめ。和殿(わどの)はかねて実義(じつぎ)ある事(こと)聞(きゝ)およびぬ。あたら若者(わかもの)に
武士道(ぶしだう)をすてさするはおしむべき事(こと)なれども。悪意(あくい)の母(はゝ)につながるゝ縁(ゑん)
なればせんすべなし。自殺(じさつ)をとゞまり剃髪(ていはつ)染衣(ぜんえ)に姿(すがた)をかへ。母(はゝ)の菩提(ぼだい)を
とむらはれよ。某(それがし)先祖(せんぞ)梅津(うめづ)豊前(ぶぜんの)左衛門 清景(きよかげ)より伝来(でんらい)の。大幢(たいどう)国師(こくし)の
法語(ほふご)一巻(いちくわん)あり。某(それがし)今(いま)は官領(くわんれい)につかへて軍務(ぐんむ)に管(あづか)る身(み)なれば。禅法(せんほふ)を修(しゆ)
すべきいとまなし。かの法語(ほふご)を和殿(わどの)に附与(ふよ)すべければ。今(いま)より禅学(ぜんがく)をはげみ
教外別伝(きやうげべつでん)の妙(みやう)をきはめ。直指人心(じきしじんしん)の奥(おく)をさだめて。のち〳〵は名僧(めいそう)知識(ちしき)と名(な)
をあげて。今(いま)の汚名(おめい)をすゝがれよといひければ。花形丸(はながたまる)感佩(かんはい)しやう〳〵自殺(じさつ)
をとゞまりて。髻(もとゞり)弗(ふつ)とおしきりぬ。花形丸(はながたまる)剃髪(ていはつ)して法名(ほふみやう)を胸月(けふげつ)といひ。
のち〳〵一休(いつきう)禅師(ぜんじ)の弟子(でし)となりて。ついに大悟(たいご)有徳(いうとく)の知識(ちしき)となり
西(にし)てらす月(つき)のひかりをその侭(まゝ)に因果(いんぐわ)がつひのすみかなりけり
といふ歌(うた)を詠(ゑい)じて。世(よ)に因果(いんぐわ)禅師(ぜんじ)と称(しやう)ぜられけるとかや。さて景春(かげはる)蜘手(くもで)
の方(かた)の屍(しかばね)をとりのけさせ。貞国(さだくに)にいひけるは。道犬(だうけん)が悪意(あくい)の源(みなもと)は浜名(はまな)入(にう)
道(だう)にこびへつらひ。入道(にうだう)の権威(けんい)を以(もつ)ておん身(み)を押篭(おしこめ)。一且(いつたん)花形丸(はながたまる)の世(よ)となし。
ついには父子(ふし)ともにうしなひて。おのれ家(いへ)をうばひ。浜名(はまな)入道(にうだう)に一味(いちみ)すべき
結構(けつかう)なる事(こと)あきらけし。今(いま)已(すで)に勝基公(かつもとこう)と浜名(はまな)と碓執(くわくしつ)におよび。世(よ)の中(なか)
わけめの時節(じせつ)なれば。浜名(はまな)にくみしたる道犬(だうけん)わたくしのはからひにしがたし。官領(くわんれい)