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すれば。女うなづき前後(あとさき)を顧(かへりみ)つゝ。やがて腰帯(こしおび)を解(とき)。木(き)の枝(えだ)に打(うち)かけたり
三八郎 妻(つま)とゝもに。木蔭(こかげ)の暗所(くらきところ)にあり。此(この)為体(ていたらく)を見て暗(ひそか)に思ひけるは。
彼(かの)怪物(あやしきもの)は世(よ)にいふ死神(しにがみ)なるべし。首縊榎(くびくゝりゑのき)などいふものありて。前(さき)に縊(くびれ)死(し)し
たる者(もの)の亡魂(ばうこん)。樹下(じゅか)にとゞまりて。死神(しにがみ)となり。人をいざなひて縊(くびれ)しむと。世(よ)
の語柄(かたりぐさ)には聞(きゝ)つれども。眼前(まのあたり)見るはこれがはじめなり。我(われ)忠義(ちうぎ)の為(ため)とは
いひながら。罪(つみ)なき藤波(ふぢなみ)を殺(ころ)せし事(こと)。みづから悲(かなし)み愁(うれふ)る事(こと)深(ふか)し。せめて此(この)
女(をんな)をたすけて藤波(ふぢなみ)が冥福(めいふく)をもとむる種(たね)ともなし。怨魂(えんこん)をなだむる便(たより)とも
なしてんとおもふうち。彼(かの)女(をんな)西(にし)にむかひて掌(て)を合(あは)せ念仏(ねんぶつ)数遍(すへん)となへ
ほど〳〵縊(くびれ)死(しな)んとするを。やれまてしばしと声(こへ)かけて走(はしり)り出(いで)。背後(うしろ)より抱(いだ)
きとゞむ。女はおもひかけざる事(こと)なれば打驚(うちおどろき)。ゆゑありて死(しな)ねばならぬ者(もの)
なれば。はなして死(しな)せてよ折角(せつかく)思ひきりつるものを。二度(にど)のおもひさする人
よとつぶやきて又 縊(くびれ)んとするをしかととゞめ。一命(いちめい)を失(うしなは)んと思ふほどなれば。
定(さだめ)て迫(せまり)たる事(こと)ならんが。まづ其(その)縁故(いはれ)を語り候へ。若(もし)我(わが)力(ちから)に及ぶ事(こと)ならば。
力(ちから)を尽(つく)して救(すくひ)たく思ふなりといふ。女(をんな)情(なさけ)深(ふか)き詞(ことば)を聞(きゝ)。何方(いづく)の御方(おんかた)かは
知(し)らざれども誠(まこと)に慈悲(じひ)深(ふか)きおふせなり。さりながら其(その)故(ゆへ)を語(かた)るとも。とても
生(いき)ながらへがたき身(み)なれば。此侭(このまま)に見捨(みすて)て御通(おんとほり)くだされかしといふ。三八郎
かさねていひけるは。見ず知(しら)ずの者(もの)なれば。卒爾(そつじ)に語(かたり)玉はぬはうべなれど。世(よ)の
常言(ことはざ)に膝(ひざ)とも談合(だんかう)せよといふ事(こと)あり。何(なに)にもあれつゝまず語(かた)り候へかしと
誠心(せいしん)面(おもて)にあらはれければ。女 権(しばし)思案(しあん)し左(さ)ばかり深(ふか)き御心(おんこゝろ)を無下(むげ)にせん
もいかゞなれば。一 通(とほり)語(かた)りはべらん。妾(わらは)は此辺(このへん)に住(すむ)武士(ぶし)の浪人(らうにん)の妻(つま)なるが。家(いへ)
貧(まづし)きによりさきだつて先祖(せんぞ)伝来(でんらい)の物(もの)を。金(きん)二十両に質入(しちいれ)したるを。夫(をつと)の
妹(いもと)なるもの聞(きゝ)およびてこれを愁(うれ)ひ。二十両の金子を合力(かうりよく)しくれつる