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ゆへ今宵(こよひ)妾(わらは)に彼(かの)質物(しちもつ)を受(うけ)もどしまゐれと。夫(をつと)いひつけ侍(はべ)るにより。金子
を懐(ふところ)にして出(いで)たるが。途中(とちう)にて盗人(ぬすびと)に出(いで)あひ残(のこ)らず奪(うば)ひとられ侍(はべ)り。合力(かうりよく)
したる妹(いもと)の手前(てまへ)といひ。夫(をつと)に対(たい)して分説(いひわけ)なく。面(おもて)を合(あは)せがたければ縊(くびれ)死(しな)ん
と覚悟(かくご)をきはめ候なりと。愁(うれひ)の色(いろ)を面(おもて)にあらはして語(かた)りければ。三八郎
始終(しじう)を聞(きゝ)。それなれば死(しぬ)るにおよばず。幸(さひは)ひ某(それがし)少々(しやう〳〵)の路銀(ろきん)を携(たづさ)へたれば。
其(その)金(かね)の数(かづ)ほど合力(かうりよく)いたすべしこれにて質物(しちもつ)を受(うけ)もどし候へとて。金子
二十両 出(いだ)して与(あた)へけるが。女これをうけず誠(まこと)に御慈悲(おんじひ)の深(ふか)きは骨身(ほねみ)にとほ
りておぼゆれども。所縁(ゆかり)もなき御方(おんかた)より。金子をまうしうけしと夫(をつと)に語(かたら)
ば。かへりて快(こゝろよく)存(ぞん)じ候まじさりとて語(かた)らざれば夫(をつと)を欺(あざむく)に似(に)て。女の道(みち)□□ち
はべらず。いづれの道(みち)にも死(しな)ねばならぬ身(み)の因果(いんぐわ)今宵(こよひ)に迫(せま)り候といひて。
おつる涙(なみだ)滝(たき)のごとし。三八郎 其(その)詞(ことば)を感(かん)じて。もつともと点頭(うなづき)。懐中(くわいちう)の金子
を財布(さいふ)ながら取出(とりいだ)し。かの金をひとつに入(いれ)て地上(ちしやう)におとし。某(それがし)誤(あやまり)て此(この)金(かね)を
こゝにとりおとしつるを。おん身(み)はからず拾(ひろひ)たり。凡(をよそ)道(みち)におちたるを拾(ひろ)ひ。其(その)
主(ぬし)の出(いで)たるとき其(その)物(もの)をわかち与(あた)ふるはなき例(ためし)にあらねば。おん身(み)二十両の
金子をうくるとも恥(はぢ)ならず。某(それがし)又 与(あた)ふるとも恩(おん)ならずと。理(り)を尽(つく)して与(あた)へ
けるにぞ。女 感涙(かんるい)とゞまらず。おん身(み)のごとき大慈悲(だいじひ)の人は。世(よ)に又とある
べからず。よも凡人(ぼんじん)にては候まじ。観音菩薩(くわんおんぼさつ)権(かり)に身(み)を現(げん)じて。妾(わらは)を救(すくひ)玉ふ
ならめといひ。掌(て)を合(あはせ)て再三(さいさん)拝(をが)み。しかるうへは権(しばし)此(この)金(かね)を借用(しやくよう)いたし。後日(ごにち)
此(この)身(み)を售(うり)てなりとも。返(かへ)しまゐらせん。そも御身(おんみ)はいづくの御方(おんかた)にて。
御姓名(ごせいめい)は何(なに)とまうし候ぞ。妾(わらは)が夫(をつと)の姓名はと。いはんとせしを三八郎。
いそがはしくとゞめ。いな〳〵其(その)姓名(せいめい)あかし玉ふな。某(それがし)が姓名(せいめい)もいふまじ。素(もとより)返(へん)
済(さい)をうくるこゝろにあらず。おん身(み)の夫(をつと)の名(な)を聞(きゝ)我(わが)名(な)を語(かた)ればおのづ