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かまへをなしおきたるゆゑいかなれば。これまで近国(きんごく)他国(たこく)の諸候(しよこう)の
請待(しやうだい)に応(おう)ぜざれば。若(もし)おのれが器量(きりやう)をねたみ。不意(ふい)を襲(おそ)ふ者(もの)あらん
をふせがん為(ため)なるが。果(はた)して此度(このたび)不慮(ふりよ)の難儀(なんぎ)をまぬがれたり。さて
嘉門(かもん)老母(ろうぼ)にむかひ。今宵(こよひ)のことを聞(きか)ば浜名(はまな)入道(にうだう)益(ます〳〵)怒(いかり)。多勢(たせい)を以(もつ)
てとりかこまばのがるゝてだてなかるべし幸(さいわひ)母人(はゝびと)兼(かね)て山林(さんりん)に身(み)を避(さけ)
て生涯(しやうがい)無事(ぶじ)を計(はかり)玉はん御心(おんこゝろ)あれば。今宵中(こよひのうち)に此(この)所(ところ)をのがれ去(さる)に
しかじ。母人(はゝびと)はいかゞおぼすやらんといふ。老母(ろうぼ)その意(い)に同(どう)じ。母子(ぼし)両人
いそがはしく身支度(みじたく)して。雑具(ざうぐ)は其侭(そのまゝ)すておき。先祖(せんぞ)伝来(でんらい)の兵(へい)
家(か)の秘書(ひしよ)。大幢(たいとう)国師(こくし)の法語(ほふご)一巻(いつくわん)のみを嘉門(かもん)が懐(ふところ)にし。老母(ろうぼ)を背負(せおひ)
て。いづくともなくおちゆきけり
巻之一終