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かゝる難義(なんぎ)を見かねて。なむ右衛門 走(はし)りつき。犬(いぬ)どもを打(うち)ちらして。老女(ろうぢよ)を見るに。
深(ふか)くおそれたるにや。地(ち)にたふれ伏(ふし)て息(いき)もたゆげなれば。介抱(かいほう)してさま〴〵
いたはりけるに。やゝ正気(しやうき)になり。いづくのおん方(かた)かはしらされども。かゝる難義(なんぎ)を救(すく)ひ
玉はるかたじけなさよ。此(この)御恩(ごおん)かさねて報(むくひ)はべらんと。あつく礼(れい)をのぶれば。南無(なむ)
右衛門 打聞(うちきゝ)て。さばかり厚(あつ)き詞(ことば)をおさむるにゆゑなし。とてもの事(こと)に京(きやう)の
町(まち)まで送(おく)り行(ゆき)まゐらすべしとて。相伴(あひともな)ひ。三条(さんじやう)の四ツ辻(つぢ)にて東西(とうざい)に別去(わかれさり)ぬ。
さて南無(なむ)右衛門は。一月(ひとつき)ばかり京都(きやうと)にとゞまり。百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)を尋(たつ)ねけるが。
その留主(るす)の間(あいだ)。一子(いつし)栗(くり)太郎 此時(このとき)年(とし)八 才(さい)なりしが疱瘡(はうそう)をやみ。母(はゝ)礒莱(いそな)が
辛労(しんらう)おほかたならず。皰瘡(もがさ)の神(かみ)の棚(たな)をまうけ。赤(あかき)幣束(へいそく)。狭俵(さんだわら)。張子(はりこ)の達(だる)
磨(ま)木兎(みゝづく)すら。起臥(おきふし)に心(こゝろ)をつけ。茜(あかね)の頭巾(づきん)すら針(はり)とることを忌(いみ)て。隣家(りんか)の
手(て)をかり。紅火燭(べにびそく)の朱(あけ)をうばふ。紫(むらさき)の色(いろ)は更(さら)なり。詞(ことば)の禁忌(きんき)火(ひ)のよしあし。
食物(しよくもつ)のさし合(あひ)まで。よろづに心(こゝろ)をもちひ湯尾峠(ゆのをとうげ)の孫杓子(まごじやくし)。鮓荅(へいさらばさら)の呪(まじなひ)
など。よきといふことは皆(みな)仕(し)つくして。看病(みとり)けるが。いとおもき皰瘡(もがさ)にて。熱気(ねつき)
つよく目(め)をひきつけて。今(いま)もたえいるかとおもふこと度(たび)〳〵なり。ほどなく出痘(しゆつとう)
にいたり。面上(めんしやう)総身(そうしん)すきまもなく発瘡(はつそう)しければ。かくては命(いのち)も危(あやう)し。
時(とき)も時(とき)折(をり)も折(をり)とて。夫(をつと)の留主(るす)なるぞ便(たより)なき。こはいかにせんと当惑(たうわく)し。
けふやあすやと帰(かへ)りを待侘(まちわび)。娘(むすめ)楓(かへで)を日(ひ)にいく度(たび)か。村口(むらくち)につかはしてうかゞは
すれど。帰(かへる)かげだに見へずといへば。益(ます〳〵)愁(うれひ)ぬ。皰瘡神(もがさのかみ)の機嫌(きげん)あしきにや。
栗(くり)太郎 足(あし)ずりしてなきさけび。小豆枕(あづきまくら)をなげうち。人形(にんぎやう)の腕(かいな)ひきぬき
などしてあれ出(いだ)し。さま〴〵にこしらへなぐさむれど泣止(なきやま)ず。殆(ほとんど)もてあましたる
折(をり)しも。なむ右衛門 一月(ひとつき)ぶりにて家(いへ)にかへる。磯莱(いそな)喜(よろこ)び出(いで)むかひて。まづ栗(くり)
太郎が事(こと)を語(かた)るにぞ。なむ右衛門 気(き)づかひ。いそがはしくやぶれ屏風(ひやうぶ)を