翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

昔話稲妻表紙 - 翻刻

昔話稲妻表紙 - ページ 47

ページ: 47

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栗(くり)太郎がもがさ。平癒(へいゆ)して喜(よろこ)ぶ間(ま)もなく。再(ふたゝび)又(また)一つの災(わざはひ)ぞいできにける 磯菜(いそな)ある夜(よ)灯(ともしひ)をたて鏡(かゞみ)にむかひて髪(かみ)をとりあげつるに。鏡(かゝみ)のうちに 藤波(ふぢなみ)が顔(かほ)あり〳〵とうつりて。おそろしきさまなれば。あなやといひて背後(うしろ)を かへり見れば。毬(まり)のごとき心火(しんくは)窓(まど)をこへて飛(とび)さり家(や)のむねのあたりにて。から〳〵と 笑(わら)ふ声(こゑ)す。磯菜(いそな)はたまらずのけさまにたふれて。其侭(そのまゝ)絶入(たへいり)ぬ。南無(なむ) 右衛門あはてふためき抱(いだ)き起(おこ)して。醒薬(きつけくすり)など与(あた)へけるにぞ。やう〳〵いきかへり けるが。これより心気(しんき)日(ひ)々によはりて。ものもすゝまず。色(いろ)あをざめて痩(やせ)おとろへ。 日(ひ)に異(け)におもりていつ怠(おこた)りはつへうも見えず。なむ右衛門まづしき 中(なか)にも。良薬(れうやく)をもとめて与(あた)ふるといへども。とかく藤波(ふぢなみ)がいかれる顔(かほ)目(め)さきに さへぎり。其度(そのたび)々にもだへ苦(くる)しみ。ほど〳〵命(いのち)もあやうく見へぬ。此時(このとき)娘(むすめ) 楓(かへで)は十三才。栗(くり)太郎は八才なれども。兄弟(きやうだい)ともに年(とし)に似(に)ず。すぐれて かしこき生(うま)れにて。殊更(ことさら)世間(せけん)にまれなる孝子(かうし)なれば。母(はゝ)の病(やまひ)を ふかく悲(かなし)み。兄第(きやうだい)枕方(まくらべ)あとべにつきそひて。しばしも病床(びやうしやう)をはなれず。 かはる〴〵もみさすりなとし。心(こゝろ)を尽(つく)してぞ看病(みとり)ける。かゝる病人(ひやうにん)あり ながら。一日(いちにち)もなりはひをせざれば。煙(けふり)を立(たて)かぬる身(み)なれば。せんすべなく。なむ 右衛門は病人(びやうにん)を兄第(きやうだい)の子(こ)どもにあづけおき。其(その)身(み)はたがやしに 出(いで)て。わづかに日雇(ひよう)のあたひを得(え)て。其日(そのひ)をおくる心(こゝろ)の苦(くる)しさ。いかばかり ならん量(はかり)想(おもふ)べし。夜(よ)にいたればなむ右衛門 家(いへ)にありて看病(かんびやう)すれば。 兄第(きやうだい)の子(こ)ども等(ら)。此(この)うへは仏神(ぶつじん)の力(ちから)をたのみ奉(たてまつ)るより外(ほか)なしといひ あはせ。ふたり手(て)をひきあひ。毎夜(まいや)穴太寺(あなふでら)の観音(くわんおん)にはだしまいりして。 南無(なむ)大悲(だいひ)観音菩薩(くわんおんぼさつ)。我(われ)々が一命(いちめい)をとり給ひ。何(なに)とぞ母(はゝ)の病苦(びやうく)を 救(すくひ)玉へと祈念(きねん)し。三七日が間(あいだ)まうでけるに。仏(ほとけ)も孝子(かうし)の誠心(せいしん)を