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左右(さゆう)よりとりつきて。背を撫(なで)さすり。共(とも)に涙(なみだ)をおとしつゝ介抱(かいほう)するに。いとゞ
悲(かな)しさまさりけり。なむ右衛門 目(め)をしばたゝき。我(われ)つら〳〵おもふに。藤波(ふぢなみ)が
怨念(おんねん)子(こ)ども等(ら)をなやまし。我等(われら)夫婦(ふうふ)におもひをさせて。宿恨(しゆくこん)を
報(むくゆ)るにうたがひなし。かれ一点(いつてん)の罪(つみ)なくして殺(ころさ)れたれば。深(ふか)く恨(うらむ)も理(ことわり)なり。
三代(さんだい)相恩(さうおん)の主君(しゆくん)のためにせしことなれば。たとひ子(こ)ども等(ら)をとり殺(ころ)さるゝ
とも悔(くゆ)べきにあらず。礒菜(いそな)歎(なげ)くな我(われ)は少(すこ)しも悲(かな)しからずと。歎(なげ)きを胸(むね)に
おしかくしていへば。兄弟(きやうだい)の子(こ)ども等(ら)口(くち)をそろへ。父(ちゝ)うへののたまふ所(ところ)うべなり。
忠義(ちうぎ)の為(ため)にしたまひし其(その)報(むくひ)ときけば。たとひ我(われ)々が身(み)はいかほどの憂目(うきめ)
を見るとも。露(つゆ)ばかりもいとふべきにあらず。母人(はゝびと)よ深(ふか)くなげきたまひて。又(また)も
病(やまひ)をひきいだし玉はるなと。年(とし)に似合(にあは)ぬ理発(りはつ)の詞(ことば)。孝心(こうしん)ふかき
けなげさに。大丈夫(だいしやうぶ)のなむ右衛門も。胸(むね)ひしとおしふさがり。おぼへずこぼるゝ
涙(なみだ)を拳(こふし)をもつておしぬぐひ。歎(なげき)を見(み)せぬ武士形気(ぶしかたぎ)の心のうち。おもひ
やられてなほ哀(あわれ)なり。かくて又しばらく月日(つきひ)をおくりけるが。栗(くり)太郎 盲目(まうもく)
のことなれば。一生(いつしやう)を過(すご)す世(よ)わたりの種(たね)には。琵琶(ひは)を学(まな)ばせ。琵琶法師(びはほうし)
となさば。のち〳〵は高官(かうくわん)にもすゝみ。貴人(きにん)のそば近(ちか)くめさるゝ事(こと)も
あるまじきにあらす。せめては生涯(しやうがい)安穏(あんをん)の計(はかりごと)をなしつかはすべしと思ひ
つき。頭(かしら)を剃(そら)しめて名(な)を文弥(ぶんや)とかへ。磯菜(いそな)をつけて京(きやう)にのぼせ。其比(そのころ)音曲(おんきよく)
を以(もつ)て名高(なたか)く聞(きこ)へし。沢角(さはつの)検校(けんきやう)のもとにつてをもとめて母子(ぼし)ともに奉公(ほうこう)
させ専(もつはら)琵琶(びは)を学(まなば)せけり
七 呪咀(しゆそ)の毒鼠(どくそ)
扨(さて)も大和(やまと)の国(くに)佐々木(さゝき)の館(やかた)におきては。判官(はんぐわん)貞国(さだくに)。子息(しそく)桂之助(かつらのすけ)を
勘当(かんだう)して後(のち)。銀杏(いてふ)の前(まへ)月若(つきわか)母子(ぼし)を。平群(へぐり)の下館(しもやかた)に移(うつら)せ名古屋(なこや)